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失跡44年、拉致の疑い…母の遺志継ぎ

投稿者: salas8913 投稿日時: 2004/03/23 18:38 投稿番号: [112374 / 232612]
失跡44年、拉致の疑い…母の遺志継ぎ兄捜す妹

  44年前に姿を消した大阪市城東区の巽敏一さん(当時16歳)の消息を求め、妹の相川昭子さん(57)(大阪府守口市)が23日、大阪・四天王寺境内で開かれた府警の「行方不明者を捜す特別相談所」を訪れた。

  捜し続けた母が亡くなって16年。今月初め、北朝鮮に拉致された疑いをぬぐえない行方不明者の1人として公表したのをきっかけに、母の遺志を受け継ぎ、「この手で兄を見つけよう」と決心した。相川さんは「どんなささいなことでも手がかりがほしい」と訴えている。

  敏一さんは、工業高校2年だった1960年7月13日、JR大阪駅近くの映画館へ行くと家を出たまま消息を絶った。5人きょうだいの3番目。まじめでおとなしい性格だった。

  失跡後、母の美千代さんと父の貞雄さんは顔写真入りのチラシやポスターをつくって捜し回った。敏一さんがよく訪れた大阪球場でも場内アナウンスを流してもらった。情報を求めるテレビ番組にも出演したが、手がかりはつかめなかった。

  美千代さんは毎年2回、春と秋に四天王寺境内で開かれる「特別相談所」を訪れた。並ぶのは身元不明の遺体の顔写真や所持品。ここで見つかれば亡くなったということ。美千代さんは「生きていて」と願いつつ「無縁仏のままなら、かわいそうだから」と通った。

  その後、病床についた美千代さんは「敏一ちゃんに一目でいいから会いたいよ」と繰り返し、88年に息をひき取った。6年後には貞雄さんも他界した。

  相川さんは3人の子育てに追われ、敏一さんの記憶は薄れつつあった。だが、一昨年に北朝鮮が日本人拉致を認めて以降、不明者を捜し求める大勢の肉親の姿に触れ、「兄に生きていてほしい」との思いが募り、特定失踪(しっそう)者問題調査会に問い合わせた。年格好の似た男性を北朝鮮で見たという脱北者の証言もあり、今月10日発表の第7次リストに載せられた。

  この日、相談所で関係資料を閲覧した相川さんは、「兄は生きているのか、どこにいるのか私にはわからない。ただ自分にできることは何でもやっていきたい」と涙ぐんでいた。(読売新聞)
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