私達に出来ることは、何なんだろう?
投稿者: sa_bo_ten_02 投稿日時: 2004/03/22 20:36 投稿番号: [112210 / 232612]
日本は拉致問題によって目覚め、
北鮮を睨んだ立法も進みつつある。
私達も小さいながら行動を起こし、
アリの一歩かも知れないが、マクロであっても活動も進んでいる。
然し、個人的には何を掴めたのだろう。
あれから時間だけが無為に流れている気がしてしまう。。。
国民大集会に参加した、あの時の原点に立ち帰って、今又考える。
私達に出来ることは、何なんだろう?
============================ =
約二万人の国民大集会
約八カ月後の二〇〇三年五月七日、有楽町の東京国際フォーラムで集会が行われ、五千人収容の会場に六千人が入場し、なお千人が臨時の別会場でモニターを見ながら参加した。それでも入れなかった五千人は会場ホールや周辺で中の様子を見守っていた。有楽町駅から会場への道では入場不可能との案内もあり、引き返した多数の人も加えれば、二万人近くが「拉致はテロだ! 国民大集会」に訪れたと推定される。
家族会、救う会、拉致議連の主催者側は途中壇上から何度も抜け出し、会場外の入場できなかった人にお詫びの挨拶をしたのだが、場外も臨時集会場と化し、中の様子を見守っていた何千人もの人々に激励され、シュプレヒコールで応えるという一幕もあった。八カ月前の日比谷公会堂の緊張感と熱気が、東京国際フォーラムでは比較にならないほど増幅され、拉致問題の解決を目指す国民の希いがうねりとなり、一点に凝縮した歴史的な記念日となったのである。
集会を無視した筑紫哲也
しかし、五月七日の集会に関する報道で興味深いことがあった。驚いたことに、筑紫哲也氏がキャスターを務めるTBSの「News23」はこの集会に一切言及せず、一秒も報道しなかったのである。「News23」は、集会の替わりに集会にゲストとして参加していたドイツ人医師、ノルベルト・フォラツェン氏のインタビューのみを放送している。フォラツェン氏はドイツ緊急医師団の一員として北朝鮮に入り、そのあまりの惨状に北朝鮮の体制変革を目指す活動に身を投じた闘う医師である。北朝鮮政府の打倒と変革なしでは飢えと病気に瀕している子供たちを救出することが不可能だと悟っている。そんな彼が「News23」が集会を一秒も報じなかった理由を私に説明してくれた。
「私は怒っているんです。私のインタビューが流れた日に、なぜ報道しなかったのか問い質すと、TBS側はこう言ったんです。あれはナショナリズムの集会だったから放送しなかった、と。……呆れてものが言えませんが、これから私は彼らとは闘って行くんだという気特になりました」。こう言ってフォラツエン氏は憤藩やるかたない表情で苦笑いした。
ある意味、TBSと筑紫氏は拉致問題を <非日常> の有事であると捉えたからこそ、彼らのスタンスで戦後日本の大衆運動でイデオロギーを介さない恐らく最高に高揚した記念碑的な集会を黙殺することにしたのだ。つまり筑紫氏は、報道機関に課せられている公正で客観的な報道をしなければならないという原則を捨ててまで、北朝鮮のメディアがこの集会を無視するのと同じ位相から有事に対応した報道をしたということだ。それは拉致問題を <変哲のない日常> と把握するのではなく、日本人としての公正さ、客観性を主体的に捨象したということだ。
ただ、惜しむらくは、彼が意識的に集会を黙殺した意図は少なくとも日本及び日本人の立場に立ったものでなく、北朝鮮か第三国の立場に立脚したものであるということだ。日本のナショナリズムを全否定した時点で、「News23」は北朝鮮か第三国のナショナリズムに論理的に荷担しているのである。自らのアイデンティティを <敵国> 日本で明らかにした筑紫氏の蛮勇を大いに讃えたいところだが、自らのイデオロギーで重要なニュースを無視し、あたかも情報操作で公共の電波を私物化しているかのように思えてしまうのも事実である。増元照明氏が受け止めた「日本を信じろ!」という言葉の「日本」には、筑紫氏とTBSは当然含まれていないことになってしまう。
http://nishimura.trycomp.net/works/003-1.html
北鮮を睨んだ立法も進みつつある。
私達も小さいながら行動を起こし、
アリの一歩かも知れないが、マクロであっても活動も進んでいる。
然し、個人的には何を掴めたのだろう。
あれから時間だけが無為に流れている気がしてしまう。。。
国民大集会に参加した、あの時の原点に立ち帰って、今又考える。
私達に出来ることは、何なんだろう?
============================ =
約二万人の国民大集会
約八カ月後の二〇〇三年五月七日、有楽町の東京国際フォーラムで集会が行われ、五千人収容の会場に六千人が入場し、なお千人が臨時の別会場でモニターを見ながら参加した。それでも入れなかった五千人は会場ホールや周辺で中の様子を見守っていた。有楽町駅から会場への道では入場不可能との案内もあり、引き返した多数の人も加えれば、二万人近くが「拉致はテロだ! 国民大集会」に訪れたと推定される。
家族会、救う会、拉致議連の主催者側は途中壇上から何度も抜け出し、会場外の入場できなかった人にお詫びの挨拶をしたのだが、場外も臨時集会場と化し、中の様子を見守っていた何千人もの人々に激励され、シュプレヒコールで応えるという一幕もあった。八カ月前の日比谷公会堂の緊張感と熱気が、東京国際フォーラムでは比較にならないほど増幅され、拉致問題の解決を目指す国民の希いがうねりとなり、一点に凝縮した歴史的な記念日となったのである。
集会を無視した筑紫哲也
しかし、五月七日の集会に関する報道で興味深いことがあった。驚いたことに、筑紫哲也氏がキャスターを務めるTBSの「News23」はこの集会に一切言及せず、一秒も報道しなかったのである。「News23」は、集会の替わりに集会にゲストとして参加していたドイツ人医師、ノルベルト・フォラツェン氏のインタビューのみを放送している。フォラツェン氏はドイツ緊急医師団の一員として北朝鮮に入り、そのあまりの惨状に北朝鮮の体制変革を目指す活動に身を投じた闘う医師である。北朝鮮政府の打倒と変革なしでは飢えと病気に瀕している子供たちを救出することが不可能だと悟っている。そんな彼が「News23」が集会を一秒も報じなかった理由を私に説明してくれた。
「私は怒っているんです。私のインタビューが流れた日に、なぜ報道しなかったのか問い質すと、TBS側はこう言ったんです。あれはナショナリズムの集会だったから放送しなかった、と。……呆れてものが言えませんが、これから私は彼らとは闘って行くんだという気特になりました」。こう言ってフォラツエン氏は憤藩やるかたない表情で苦笑いした。
ある意味、TBSと筑紫氏は拉致問題を <非日常> の有事であると捉えたからこそ、彼らのスタンスで戦後日本の大衆運動でイデオロギーを介さない恐らく最高に高揚した記念碑的な集会を黙殺することにしたのだ。つまり筑紫氏は、報道機関に課せられている公正で客観的な報道をしなければならないという原則を捨ててまで、北朝鮮のメディアがこの集会を無視するのと同じ位相から有事に対応した報道をしたということだ。それは拉致問題を <変哲のない日常> と把握するのではなく、日本人としての公正さ、客観性を主体的に捨象したということだ。
ただ、惜しむらくは、彼が意識的に集会を黙殺した意図は少なくとも日本及び日本人の立場に立ったものでなく、北朝鮮か第三国の立場に立脚したものであるということだ。日本のナショナリズムを全否定した時点で、「News23」は北朝鮮か第三国のナショナリズムに論理的に荷担しているのである。自らのアイデンティティを <敵国> 日本で明らかにした筑紫氏の蛮勇を大いに讃えたいところだが、自らのイデオロギーで重要なニュースを無視し、あたかも情報操作で公共の電波を私物化しているかのように思えてしまうのも事実である。増元照明氏が受け止めた「日本を信じろ!」という言葉の「日本」には、筑紫氏とTBSは当然含まれていないことになってしまう。
http://nishimura.trycomp.net/works/003-1.html
これは メッセージ 112206 (sa_bo_ten_02 さん)への返信です.