西村眞悟氏講演会レポート
投稿者: salas8913 投稿日時: 2004/03/22 06:22 投稿番号: [112146 / 232612]
電脳補完録さんより
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=2070
資料 : 西村眞悟氏講演会レポート
投稿者 trycomp 投稿日時 2004-3-22 0:44:57 (93 ヒット)
3月10日、麗澤大学で行われた「拉致問題の本質とは何か」西村眞悟氏講演会の参加レポートからの抜粋です。
3月10日 「拉致問題の本質とは何か」西村眞悟氏講演会
麗澤大学にて。北朝鮮による日本人拉致問題を国民的課題として取り組む有志の会主催
ただいまご紹介をいただきました西村でございます。(学長が褒めてくださいましたので)非常に名誉なことだと思います。どうか、今から1時間少々お付き合いいただきます。
いただきました年表は(事前に配られたもの)拉致問題の本質とは何か、家族の戦いに焦点を当てて拉致問題の本質を私がこの目で見て心で感じてその・としてこれから50分間話しをさせていただきます。
拉致問題は言うまでもなく突然失われた自分の息子、娘を取り戻す家族の闘いであります。始めから現在そうでございます。しかしながらその家族はこの闘いを勝利するために何をしなければならないのかという問題意識につきあたっていき、それは国家を回復する闘いにつきあたっていったということです。
ではなぜ国家を回復する闘いにつきあたらなければならなかったのかと言えば、国家は何もしなかったからです。
ここで象徴的な話しをご紹介してそれはどうゆう意義を持ったのか、絶望の中で日本人の家族は何を考えたのかということをお話ししますと、一昨年の9月17日以降にご家族とお話をしていた時に「10年以上も日本政府にお願いしていますが、自分の娘が拉致されているので、どうにかしてほしいと言ってもすべて門前払いの扱いで、この時に私は何をしようと思ったのか。天皇陛下に直訴するしかない、このように思い定めて天皇陛下への直訴を考えました。」とおっしゃったのです。
これは日本人が直面する具体的な問題の中で、天皇というものが絶望の中で浮かび上がってきたこの国の形を完璧に表現していると思います。
私はそこであるひとつの大きな考えにとらわれました。明治の田中正造を思い出したのです。帝国議員、衆議院議員を辞職してその足で日比谷で明治天皇に足尾鉱毒事件を直訴して逮捕されました。近衛騎兵が槍を構えて田中正造めがけて馬を走らせて行ったわけですが突然のことに馬がビックリして勢い余って落馬し、田中正造はそれによって一命を助けられたわけですが、私も実はこの衆議院議員の職を持っていても何の役にもたたない、このように思ったことがあります。
もはや天皇陛下への直訴というか、議員以外のただの日本人としての直接行動しかないのではないかと、このように思った時期もありました。そしてご家族とお話ししていた時にしみじみとした考えとして、「もう天皇陛下への直訴しかない。」というふうにご家族は言われました。
ここにこのご家族の闘いの象徴的な国家を回復するための闘いであると示されています。
我々戦後という国家、ではこれは国家ではなかった、何でなんだろうといえば国家の本質を忘れた、歯が浮くような議論だけで政治家をやっていた世界です。つまり国家、国民というのを市民と言い替えた、そしてそれが何か人に優しいような、そのようなムードで語られております。しかし、そのムードで語られている国家、国民を市民と言い替えていう本質こそ一番残酷な方式であります。日本人がたしかにそれを無視していた社会であったということです。
全文はレポートを作られたaoinomama13さんのホームページでお読み下さい。上記の西村眞悟氏の講演会レポートは下記アドレス中段より。
http://geocities.yahoo.co.jp/dr/view?member=aoinomama13&.start=31
他にもいくつもの講演会レポートが掲載されています。ぜひご一読下さい。
http://www.geocities.jp/aoinomama13/
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=2070
資料 : 西村眞悟氏講演会レポート
投稿者 trycomp 投稿日時 2004-3-22 0:44:57 (93 ヒット)
3月10日、麗澤大学で行われた「拉致問題の本質とは何か」西村眞悟氏講演会の参加レポートからの抜粋です。
3月10日 「拉致問題の本質とは何か」西村眞悟氏講演会
麗澤大学にて。北朝鮮による日本人拉致問題を国民的課題として取り組む有志の会主催
ただいまご紹介をいただきました西村でございます。(学長が褒めてくださいましたので)非常に名誉なことだと思います。どうか、今から1時間少々お付き合いいただきます。
いただきました年表は(事前に配られたもの)拉致問題の本質とは何か、家族の戦いに焦点を当てて拉致問題の本質を私がこの目で見て心で感じてその・としてこれから50分間話しをさせていただきます。
拉致問題は言うまでもなく突然失われた自分の息子、娘を取り戻す家族の闘いであります。始めから現在そうでございます。しかしながらその家族はこの闘いを勝利するために何をしなければならないのかという問題意識につきあたっていき、それは国家を回復する闘いにつきあたっていったということです。
ではなぜ国家を回復する闘いにつきあたらなければならなかったのかと言えば、国家は何もしなかったからです。
ここで象徴的な話しをご紹介してそれはどうゆう意義を持ったのか、絶望の中で日本人の家族は何を考えたのかということをお話ししますと、一昨年の9月17日以降にご家族とお話をしていた時に「10年以上も日本政府にお願いしていますが、自分の娘が拉致されているので、どうにかしてほしいと言ってもすべて門前払いの扱いで、この時に私は何をしようと思ったのか。天皇陛下に直訴するしかない、このように思い定めて天皇陛下への直訴を考えました。」とおっしゃったのです。
これは日本人が直面する具体的な問題の中で、天皇というものが絶望の中で浮かび上がってきたこの国の形を完璧に表現していると思います。
私はそこであるひとつの大きな考えにとらわれました。明治の田中正造を思い出したのです。帝国議員、衆議院議員を辞職してその足で日比谷で明治天皇に足尾鉱毒事件を直訴して逮捕されました。近衛騎兵が槍を構えて田中正造めがけて馬を走らせて行ったわけですが突然のことに馬がビックリして勢い余って落馬し、田中正造はそれによって一命を助けられたわけですが、私も実はこの衆議院議員の職を持っていても何の役にもたたない、このように思ったことがあります。
もはや天皇陛下への直訴というか、議員以外のただの日本人としての直接行動しかないのではないかと、このように思った時期もありました。そしてご家族とお話ししていた時にしみじみとした考えとして、「もう天皇陛下への直訴しかない。」というふうにご家族は言われました。
ここにこのご家族の闘いの象徴的な国家を回復するための闘いであると示されています。
我々戦後という国家、ではこれは国家ではなかった、何でなんだろうといえば国家の本質を忘れた、歯が浮くような議論だけで政治家をやっていた世界です。つまり国家、国民というのを市民と言い替えた、そしてそれが何か人に優しいような、そのようなムードで語られております。しかし、そのムードで語られている国家、国民を市民と言い替えていう本質こそ一番残酷な方式であります。日本人がたしかにそれを無視していた社会であったということです。
全文はレポートを作られたaoinomama13さんのホームページでお読み下さい。上記の西村眞悟氏の講演会レポートは下記アドレス中段より。
http://geocities.yahoo.co.jp/dr/view?member=aoinomama13&.start=31
他にもいくつもの講演会レポートが掲載されています。ぜひご一読下さい。
http://www.geocities.jp/aoinomama13/
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.