無知
投稿者: georgia_eurasia 投稿日時: 2004/03/09 01:36 投稿番号: [110525 / 232612]
齢い、85を数え、ついに、悟りを得た。
人間というものは、あくまでも、人の間と書き、
どこまでも、立派な存在にはなりえない
たとえ、超人的な克己によりて、ひとりの人格が完成したとしても、
つぎに生まれるにんげんが立派になるとは限らない
ひとりの世代が完成しても
つぎには引き継がれるものでもないし、幾世代後が、より、立派であるという保証もない
だんだん、りっぱになっていくということがただの仮定のはなしにすぎない
そもそも
なんらかのこれが、立派な人間ですよという定義をみずからがくだすとき
いったい何と比較して、そう判定しているのだろう
己がすでに、卑しむべきにんげんである以上は、ある高みに立とうとしても、無駄なのだ
それは、寄せては返す砂のざわめきでしかない
けつろんは、こうだ
逃げるのも無駄
高みに立つのも無駄
何もする必要はない
にんげんは、にんげん以上のものになれないし、その想像すらも、事実上は不可能
その責任は貴方にも私にもないのだから
にんげんが卑しい責任は、私にも貴方にもないだろう
たんに、この世に、生まれたに過ぎないのだから
これは メッセージ 110521 (sa_bo_ten_02 さん)への返信です.
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