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国母が外国のチンピラたちによって

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2004/03/01 01:16 投稿番号: [109555 / 232612]
羞恥的な死に追い詰められとあるが、
同胞によって家族離散や死に追い詰められたとは、どこを探しても書いていない。(朝鮮日報社説より)


「3・1節」85周年を迎え

今日、また新たな3・1節(独立記念日)を迎える。1919年(己未年)から85周年、開放以降からでも58回目の3・1節だ。

  また、今年は日露戦争勃発100周年を迎える年でもある。この戦争にピリオドを打ったポーツマス条約は「日本の朝鮮に対する支配権の確立」という国辱の始まりだった。だから今日の意味が以前と違わざるを得ない。

  西洋の帝国主義をいち早く受け入れた日本帝国の侵略と圧制に対し、独立自尊の民族的気概をとどろかせ立ち上がった3・1運動(独立運動)の民族史的意義を歳月の流れによって軽くしてはならない。

  しかしその一方で「なぜ3・1独立運動が起こらざるを得なかったのか」、という3・1運動の前史として、われわれが上っていった亡国の階段に対する厳酷な自己反省は、3・1節を記念すること以上にわれわれにとって切実なことだ。

  西勢東漸の世界史的流れの中で、共に西洋の帝国主義の前に露出していた韓国、中国、日本のうち、唯一韓国だけが日本という「後発帝国主義」の餌食になってしまった歴史に対し、われわれが肝に銘じるべき教訓が何であるのかという反省だ。

  このような反省は、現在のわれわれの内外を取り巻く現実が100年前を彷彿させるからこそ、さらに切実であるのかもしれない。

  見方によっては、3・1運動は国を保存しなければならない国家がその義務を放棄したことに対し、国民自らが国家の役割を肩代わりし、立ち上がらなければならなかった惨憺たる歴史でもあるのだ。

  近代史で亡国の危険信号がこれほど連続して鳴り響いたことも、そしてひとつの国家があれほど警報に耳を閉ざしていたことも例を見ない。1876年の開港から亡国にいたるまで、外国の戦地となったことが2度。国母が外国のチンピラたちによって羞恥的な死に追い詰められ、ついには国王が外国の公使館に身を預ける事態が相次いだ。

  このような状況でも政府と指導層は世界の大勢に関して無知で、一時は西洋を遠ざけるという斥和碑を建てたかと思えば、同盟を訪ね歩きながら米・日・清・露の間をさまよっているうちに、自らを強める機会と時間を逃したまま、とうとう国を失ってしまったのだ。

  この悲しい亡国史は今日のわれわれに「内部の小異」を超越した「大同自強」の道を探すことと共に、自閉症に苦しむ時代錯誤的な民主主義から抜け出し、グローバリズムという世界秩序の大転換の中で、国家を保存する同盟と協力の戦略が何であるのかを問いかけている。

  過去の辛い歴史を現在の人々の“口に合うように”再解釈したからといって、それがなくなる訳でも覆い隠せる訳でもない。そのような意味で3・1節85周年を迎える今日、政府の最高指導者をはじめ、国民全体が「われわれは果たして分裂から統合に、自閉的民族主義から開かれた民族主義に、自主の亡霊から協力と同盟の活路を探しているのか」を振り返ってみなければならない。
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