吹田騒乱事件
投稿者: rachi_yamero 投稿日時: 2004/02/23 01:43 投稿番号: [108356 / 232612]
日本人の恐怖を煽ったこの事件は日本人の間ではタブー視され語り継ぐ人も少ないが、一方在日の間では輝かしい闘争の歴史として伝承されている。
何とも腹立たしいものがあります。
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http://www.kita-osaka.co.jp/funan/hackyo/8gou.html「吹田事件の証言を聞き、跡地を歩く集い」に参加して
1952年(昭和27年)6月23日夜から25
日にかけて、大阪府下の軍事施設・軍事
輸送を標的に朝鮮戦争2周年記念日闘
争が闘われました。その一環として、24
日阪大待兼山グランドに約2,000人が集
結し、25日早朝吹田操車場に突入した闘
争に対する弾圧事件が吹田事件です。
戦後の三大「騒乱」事件の一つとされて
います。多くの在日朝鮮人が果敢に参加
し、その一人、丁
永才(チョン・ヨンジェ)
さんから証言を聞きました。丁さんは当時
岸和田市に住んでおられ、恋人(現在に
つれあいさん)と一緒に参加されたそうで
す。自身の活動経過も一部交え、生々し
くお話されました。たいへん興味深いも
のでした。丁さんは堺ハクキョの前前教
育会会長の黄
甲さんのお知りあいで
もありました。
吹田操車場は、大阪砲兵工廠(東洋
最大の軍需工場)と結ばれており、戦中
は兵器の輸送基地でした。朝鮮戦争の
時も吹田操車場を通って多くの武器が
朝鮮に運ばれました。付近の山には、
多くの兵器生産用の地下工場や軍事物
資を隠す地下施設が建設されていま
す。その危険で厳しい労働には朝鮮人
が動員され、事故で亡くなった方も少な
くないようです。「この道は工事の土を
運ぶトロッコの線路の跡なんです。」そ
んな説明を聞くと、なにげなく歩いている
街の中にも、戦争の傷跡がまだまだ残
っているのだと実感しました。(小仲久
雄)
これは メッセージ 108352 (hangyosyufu さん)への返信です.
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