小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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将軍様の後継構図

投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/02/19 05:16 投稿番号: [107653 / 232612]
16日、62歳の誕生日を迎えた北朝鮮・金正日(キム・ジョンイル)国防委員長は「後継指名を受けてから30年」という感慨にひたっただろう。

1974年2月、金正日氏の年は32、故・金日成(キム・イルソン)主席は62歳だった。労働党・中央委員会は全員会議を開き、金正日氏を唯一の後継者に正式指名した。それまで金正日の「権力ゲーム」は、それこそ大変なものだった。

最初の戦いは、金氏一家の権力に挑戦した軍部指導者らとの間に行われた。68年、第124軍部隊の青瓦台(チョンワデ、大統領府)奇襲事件を主導した金昌奉(キム・チャンボン)・許鳳學(ホ・ボンハック)グループだった。それらは、当時、金日成−金英柱(キム・ヨンジュ、金日成の実弟)の後継構図を変えようとした。金正日は、ち密な「情報収集戦」を通じて、2人の非行と不正を暴露した。それらは粛清され、金氏一家の権力は強固になった。金正日の権力についての考え方は当時大きく育ったという。(チョン・チャンヒョン著『そばで見た金正日』)

2回目の勝負は、骨肉相食むことだった。叔父の金英柱を除去しなければならなかった。モスクワで留学した金英柱の強みであり弱みは、マルクス主義を無條件信奉するとのことだった。たまたまマルクス主義を克服したという黄長菀(ファン・ジャンヨップ)元労働党書記の主体思想を、叔父を攻撃する好材料に活用した。金正日は、黄長菀を金英柱のところに行かせた。主体思想を受け入れるよう求めた。金英柱は抵抗のすえ主体思想は受け入れるように見えたが「一家が、恐らく金正日を後継者に決めたようだ」とし、恐れる気持ちを示した。

金日成は、金正日を選んだ理由の一端を「英柱は我慢強くないのが短所で、正日は自分の叔父よりも我慢強いのが長所」と述べたことがある。

あっという間に30年の歳月が過ぎた。いま、金正日は自分に権力を譲った当時の父親と同じ年になった。長男の金正男(キム・ジョンナム)はすでに33歳だ。正男氏の下に、正哲(ジョンチョル、金総書記の次男)と正雲(ジョンウン、三男)氏らもいる。金正日が後継者を息子らの中で選び、3世代の権力世襲を追求するのかどうかに、関心が集められている。妹婿の張成沢(チャン・ソンテック)または第4の人物との見方もある。

しかし、金正日であれ同氏の後継競争者であれ、忘れてはならないことがある。体制の没落は、外部の衝撃からではなく、内部の矛盾から来るとの点だ。金正日が実権を握った後、翌年の75年から現在まで、北朝鮮の経済は続けて「下方曲線」を描いている。情報戦と思想闘争、権力意志がどんなに天才的であっても、食べていく問題を解決できない権力者は、悲惨な運命を迎える確率が高い。

http://japanese.joins.com/html/2004/0218/20040218204150100.html
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