小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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佐藤勝巳氏の講演

投稿者: borninjapan04 投稿日時: 2004/02/13 11:40 投稿番号: [106463 / 232612]
「建国記念日」   における、佐藤勝巳氏の講演。   投稿者:町工場の親方   投稿日:02月13日(金)07時52分32秒

平成十六年二月十一日    明治神宮会館

以下、私のメモにより書き込みさせていただきます。   漏れもあると思いますがご容赦ください。

日本の国と国民の関係について述べたい。   湾岸戦争の時、ご承知のように外国人は収容所に入れられた。その際飛行機の爆音が聞こえると、日本以外の国の人間は、自国の飛行機が救援に来てくれたのでは、と外に飛び出した。一方日本人はそんなことは絶対にありえないと知っていたので、フセインの軍隊の飛行機が爆撃に来たのでは、と奥に逃げ込み、布団をかぶった。
日本人は国家を信用していない。蓮池薫氏が身内に話したところによると、最初の三年間は、このような暴挙に対しては、日本が助けに来てくれると思い、期待して待った。しかし、三年間待っても何もなく、国は何一つ行動しない、日本の国家というものは信用できない、これからは考えを変えて生きて行かねば、と考えを改めた。
私は拉致に関わった期間は短く、この六年間である。しかし、朝鮮とは半世紀近く関わってきて良く知っている。北朝鮮と言う国は、目的のためには手段を選ばず、人を殺すことなどなんとも思っていない。それを知っているだけに、私が拉致問題に関係し、そのために拉致被害者にもしもの事があったらと、半年間関係するのをためらった。
拉致問題に携わって以来、非常に強く記憶に残っているのは、初期の頃の人々の無関心だった。特に、東京は酷く、銀座、新宿、渋谷等では署名カンパはおろか、ビラを受け取ってくれる人は何百人に一人の割合だった。   人の痛み、不幸に、不感症な人間ばかりのこの国は、もう終わりかと思った。
この考えが根本的に変わったのは、家族連絡会の全国大会を開くために、あらゆる伝(つて)をたどつて、愛国者の団体、友人、、知人、にカンパを依頼したときだった。その依頼に対して、全国の心ある国民がカンパに応じてくれ、一千万円の資金が集まった。これにより、会の運動ができるようになつた。もしこれがなければ、運動は二年くらいで終わりになってしまったであろう。
私は常々、家族会の人たちに   「この時の、全国の心あるある人々の、カンパのお陰で現在がある。これだけは絶対に忘れてはならない」   と言っている。当初、東京での署名活動には絶望的になったが、これにより、「この国は見捨てたものでない、心ある、善意の国民は全国に大勢いる」   と思うようになった。
一昨年、十月二十六日、六十八歳を迎えられた、皇后陛下が、「小泉総理の北朝鮮訪問により、一連の拉致事件に関し、初めて真相の一部が報道され、驚きと悲しみと共に、無念さを覚えます。何故私達たち皆が、自分たちの共同社会の出来事として、この人々の不在をもっと強く意識し続けることが出来なかったのかとの思いを消すことができません。今回の帰国者と家族の再会の喜びを思うにつけ、今回帰ることのできなかつた人々の家族の気持ちは察するにあまりあり、その一入の淋しさを思います」   とお言葉を述べられた。私は皇后陛下がここまで踏み込んだ発言をされたことに対し、左翼がかなり騒ぐだろうと思ったが、これは完全な私の思い違いであり、誰も言うものはいなかった。


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