小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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木枯らし紋次郎

投稿者: moon_over_moscow2001 投稿日時: 2004/02/12 01:08 投稿番号: [106219 / 232612]
電脳補完録より

「助けてくれ!」 この言葉は言えなかった。 蓮池薫さん
投稿者 よっこ 投稿日時 2004-2-10 23:09:19 (685 ヒット)


本日発売の文芸春秋に「人間ドキュメント   引き裂かれる家族 蓮池、曽我、地村さんの450日」と題して5人の方の今現在の暮らしぶりや、苦悩など詳しく掲載されています。是非、ご一読ください。
【拉致されてよかったな。仕事をもらえて】【国の金でぬくぬくと生活して・・・】【支援金で食べている】心無い人からの誹謗中傷の言葉。そんな世間の目を気にして未だに普通の生活ができていない現状。失った24年間の大きさ。そんな5人の方の悲痛な心の叫びがよくわかります。
そして私の心が大きく揺さぶられた記述がありました。一部抜粋させて頂きます。
□    ■    □
薫氏は友人にこんなことを語ったことがある。妻の祐木子さんと二人で平壌の広場にいた時だった。そばには、もちろん指導員がいた。
はっと振り向いたら「木枯らし紋次郎」がいたというのである。
「中村敦夫議員です。そのとき【助けてくれ】と叫ぼうか、【叫んだらどうなる、もう子供がいるんだ】という二つの考えが何度も頭の中を駆け巡り、結局、隣にいた祐木子さんに【行こう】とうながされて、しょんぼり帰っていったそうです。その時彼は、そこで自らの帰路を断ったような気がする、と言ってましたね。」(前出・小林氏)
おそらく中村氏が87年にテレビの取材で平壌を訪れたときのことだろう。拉致されてからすでに9年が経過している。「朝鮮人になりきろうとは思わなかった。ただ日本に帰ろうと考えないことが俺のプラス思考だった。」と透氏に語っているように、北朝鮮で生き延びるために帰国願望を断ち切っただけなのである。
北朝鮮という国で、それぞれがそれぞれの方法で24年間のサバイバルを耐え抜いた拉致被害者たち。夢にも思わなかった帰国がようやくかない、胸が張り裂けるような嬉しさで祖国の土を踏んだはずなのに、いまも彼らは「サバイバルを続けている」(透氏)という。あまりにも頼りないこの国の姿を、つぶさに見たからだろうか。
「国会議員というのは国民の財産と命を守るのが仕事なのになぜやらないの?」(蓮池ハツイさん)と叫ばなければならない悲しい国である。
「一度見捨てられて、ふたたび見捨てようとするのか」(透氏)と、彼らの声ならぬ声が叫ぶ。いったい。この国の指導者たちには、マクロとしての国民がいても、生命が躍動するミクロとしての国民は見えないのだろうか。(ノンフィクション作家・奥野修司)
□    ■    □
【助けてくれ!】という言葉を呑みこんだときの薫さんの気持ちを思うと言葉がみつかりません。
現在も日朝友好と称して平壌を訪問する政治家やタレント、ジャーナリストがいますが、薫さんのように【助けて!】の一言が言えない拉致被害者が平壌の街を歩いているかもしれないということは頭にいれておいてほしいです。
そして、5人の方が日本人として普通の生活ができる日はいつ来るのでしょうか。
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