一言 >特攻隊って武士の名残みたい
投稿者: vaio6253 投稿日時: 2004/02/11 01:01 投稿番号: [106037 / 232612]
>武士は切腹の時には、様々な思いを込めたといいますよね。
人間がもっとも恐れ困難とされる死の恐怖を乗り越えて克服し、精神力の強さを見せ、その中に誇りや意地や無念さを見せる・・。
(既にヨパラーイ状態なんだけど。
笑い)
間違いなく云えるコトは、反日サヨ如きの輩には「武士道精神」は永久に理解さえ、出来ぬであろうというコトかと。
WTCビル爆破や現在イラクで「自爆」しているイスラム原理主義の連中と特攻隊では違いはない、とするのが「日本だけ何が何でも絶対平和主義」の反日(自虐)サヨの主張。
だが歴然とした差異はアル。と言うか・・・・本質的に‘一緒にするな、ボケ!’の世界だな。(ちょい失礼。)
第一、イスラム原理主義の連中は子供の時から
・現世は辛く苦しいことが多いけど、聖戦(ジハード)に参加して名誉の死を遂げるとあの世で10人の美女に囲まれて快楽の生活が待っている。
と教えら(洗脳さ)れる。
根本的にこのことから窺い知れるコトは
・男尊女卑が21世紀の未だに色濃く残っており、民主主義とは程遠いコト。
・現世を否定し、「死」を積極的に肯定するニヒリズムがあるコト。
それに対し「武士道」ではどうか。
確かに「生」に執着しない、しなさ過ぎるという視点も・・・・確かにある。がだからと云って「生」を疎かにしているというのは大きな誤りでアル。
神道からくる、万物に神性を感じる敬虔さは人は勿論、人以外の生物の「生」を重んじるコトにさえも繋がるのでアル。
そして人と人の戦いの場においても、その武士道精神は発揮される。
例え敵であっても、最期には誇りある人として敵に「名誉ある死」を許す・与えるコト。
また己が戦いに負けた時、「誇りある死」を選ぶ・・・・「潔く」。
(「生」に対しては謙虚に敬う。が「人としての誇り」は何よりも優先される・・・・・生き恥を晒す、のは論外なのでアル。)
人に限らず、「生」を尊ぶのが武士道。
「敵」であっても「人としての誇り」を第一とするのが武士道。
*
イスラム原理主義者の自爆テロと我が日本の特攻隊の行為との違いが分からぬタワケは・・・・・己の見識の無さを恥じよ!
これは メッセージ 105975 (vivivivivivivilll さん)への返信です.
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