小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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相変わらず妄想が・・・・・。

投稿者: kuecoe 投稿日時: 2004/02/10 22:09 投稿番号: [105910 / 232612]
http://japanese.joins.com/html/2004/0210/20040210213655100.html
【噴水台】抗日追慕碑
ロシア・ウスリスクのスイフン川近隣に旧韓末の独立闘士、李相ソル(イ・サンソル)先生の遺墟碑が立っている。またクラスキノには安重根(アン・ジュングン)義士の断指同盟結成を記念する断指同盟碑が、サンクトペテルブルクには李範晉(イ・ボムジン)公使の追慕碑がある。このほかにも、ウラジオストクには新韓村の抗日独立運動記念碑が立っている。これらの記念碑および追慕施設はすべて、韓国が旧ソ連と国交を樹立したさる1990年以降、政府と一部の知識人、国民の絶えない努力と念願によって建設されたものだ。

当時、これらの遺跡と遺物、歴史的記録を入手するため、国交樹立以前から陰地でソ連国立古文書博物館をはじめとする各種施設で資料を捜していた隠れた愛国者らがいた。また、十分な資料と歴史的遺物が発見された後も、ソ連政府とその後のロシア政府および地域住民の消極的な態度で追慕碑の建設が進展がないと見ると、私費を投じて韓国で志を同じくする人々が、過去の独立軍の活動地に行き、静かに慰霊祭や祭祀、法事を行なったりした。

もちろんロシア国内でも民族主義的な気運と北朝鮮を意識した勢力、日本・中国など周辺国を意識した人々の反対もなくはなかった。しかし韓国の総体的努力で、ロシア政府と知識人、そして国民は大乗的次元で彼らの幽魂を慰める追慕碑の建設を積極的に支援し、追慕碑の敷地と周辺墓地の土地を無償で寄付してくれた。

その結果、祖国が光復を取り戻した後も、冷戦により南北双方に捨てられ、誰も追慕または訪問しなかったわれわれの先祖独立軍らとその家族の怨恨の霊を慰め、わが民族の精気を復元しようという小さな追慕碑が続々と建設できた。

10日、仁川(インチョン)近海では韓ロ合同軍事交流行事のため韓国に来たロシア太平洋艦隊所属「バリャック」号が、100年前の日露戦争当時に犠牲になった軍人を追慕する献花式を挙行した。また一部は、水没から100周年目に建設された犠牲者追慕碑の除幕式にも参加し、涙を流した。

韓国とロシア、ともに教科書の中で愛国主義の象徴とあがめながらも直接訪問できなかった現場を、ほぼ100年ぶりに相互訪問して小さな追悼碑を建て、歴史の教訓を再確認するこの事件らは、北東アジアでも冷戦が徐々に崩れ、過去の帝国主義時代の傷が少しずつ癒されていることを表している。

金錫煥(キム・ソクファン)論説委員


2004.02.10 21:36
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