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徴用の 実際

投稿者: prefgovernor 投稿日時: 2004/01/19 09:38 投稿番号: [102140 / 232612]
昭和3年生まれの私の父は両親を小学生のうちに共になくし、祖母に育てられていた。

当時義務教育ではなかった中学に進むとき、実業学校へ行ったほうが卒業後すぐに就職できるだろうと商業の中学へ進学した。昭和16年の春のことだった。

入学後英語を習い、柔道部に所属し、家計はぎりぎりだったようだが順調に中学生活が始まっていた。
ところが日本は昭和16年12月大東亜戦争に突入。中学1年の冬であった。

中学2年になると英語の授業は中止され、鍛錬などがあったようだ。
さらに夏には先生に引率されて、出征して   耕す人手の足りなくなった農家の草取りにクラス単位で出かけていった。
農家の方は10時や3時などの休憩に芋などを蒸かしておやつを出してくれたそうだ。昭和17年度のようすだ。

中学3年勤労動員が始まった。昭和18年度。それでも学期の途中で   一時的に   数週間などの単位で   自宅から工場へ   学年単位で   先生の引率があって   戦闘機の一部分を作ったりしていた。動員が終われば   まだ、授業はできていた。

中学4年・昭和19年度から中学5年昭和20年度にかけて   勤労動員の割合が増えていき、5年生の時には   一切   学校へ行く事はなった。
はじめ工場へクラス単位で工場へ泊り込んで   食事を付けて貰う時もあったようだが、食糧も充分確保できなかったせいなのか   その後は自宅から工場へ通う毎日だったそうだ。

5年生の時   授業が無いのだから   授業料は無料になったようだが、懸命に働いたが   もちろん賃金などは貰えなかった。
そして、8月には敗戦となり、中学時代にじっくり勉強する事もできないまま9月には繰り上げ卒業したそうだ。

失われた中学時代だ。

いま、日本のノーベル賞受賞者を見るとき、優秀な方々に違いないのだが、小柴氏はこの世代より上で、しかも理系なので徴兵を免れている。東工大や名古屋大学の先生方は   この勤労動員後の世代だ。

この世代でも   しっかり学習する事ができたらもっとノーベル賞がもらえるような人材が輩出されたと思う。

大正から昭和一桁の世代が   日本国への・戦争への貢献として   個人として命を失ったもの者も   生きながらえた者も   その失ったものは膨大で計り知れない。

もちろん朝鮮半島は日本国だったのであり   出兵であり、徴用であり、勤労動員である。『連行』などどいう捉え方は当時日本にはなかった。

『連行』という考えがまかり通るなら、現在の韓国での徴兵は?北朝鮮での強制収容所送りは?まさに『強制連行』そのものなんじゃないか?
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