日本無視のため植民地の名残を賞賛
投稿者: sky_yamato2143 投稿日時: 2005/01/04 07:59 投稿番号: [9462 / 52541]
オランダの残した植民地の名残を報じ、日本の善意の援助を無視するアカヒ
古城の砦、津波防ぎ千人救う スリランカの世界遺産の街
防波堤の役割を果たした17世紀の城壁。背後には旧市街地が広がる=12月31日、スリランカ・ガールで
インド洋津波で4000人余りの死者が出ているスリランカ・ガールの旧市街地で、17世紀にオランダが造った高さ約5メートルの城壁が津波を食い止め、住民約千人の命を救っていた。世界遺産にも登録されている砦(とりで)の街。その城壁が、この国にはほとんどない防波堤の役割を果たした。
旧市街地は約0.3平方キロ。海岸部から続く5メートル前後の石造りの城壁に囲まれている。
宝石店で働くアブドゥル・ラウフさん(58)は12月26日朝、パーティーの買い出しに砦の外に出ていて、最初の津波に襲われた。ひざ上まで水につかりながら自転車をこぎ、砦の中に逃げ帰った。その後、1キロ以上先まで海水が引いた。
普段はあり得ないことだった。城壁の上にたどり着くと、もっと大きい2回目の津波がものすごいスピードで迫り、城壁で激しく砕けた。さらに、ほとんどの建物が壊れた新市街と旧市街をつなぐ門に迫り、城壁内にも大量の海水が流れ込んだ。
医薬品の卸業を営むヌワイル・サムサディンさん(27)は、だんだんと増す水かさに「街が沈んでしまう」とおびえた。だが、床上数センチのところで、水は急に「ゴー」と音を立てて引き始めた。
道路の所々にある排水口が、波が引くと同時に路地の水を吸い込んでいた。排水溝と一緒に植民地時代に造られていた。水は数十分でほとんど消え、浸水被害も最小限にとどまった。 (01/04 06:16)
http://www.asahi.com/international/update/0104/005.html
↓こっちも報じろ朝日!
<インド洋津波>「日本の防波壁が首都を守った」モルディブ
【マレ(モルディブ)福本容子】「日本の支援がなかったら、マレはなくなっていただろう」――。モルディブの人口の約3分の1が住む首都マレでは、日本からの公的支援で建設された防波壁が、島を津波の大惨事から守ってくれたとの見方が広がっている。海抜1メートル程度しかない約1200の島々から成る同国は地球温暖化の進行で国全体が沈みかねないとの不安を抱え、常に海面上昇への恐怖と隣り合わせで生きてきたが、88年以降、進めてきた首都の護岸工事が壊滅的な被害を回避するのに貢献したと、島民は口々に語った。
災害対策本部の置かれたマレ市のイスカンダール小学校校庭でボランティア活動を指揮する元オリンピックマラソン選手のフセイン・ハリームさん(35)。彼になぜマレは3分の2が冠水しながらも死者が出なかったのだろうと尋ねた。するとすぐに答えが返ってきた。「10年以上かけて作った防波壁が大いに助けになった。日本の援助のおかげだと聞いている」
その防波壁を見たくて市南部の海岸まで案内してもらったタクシー運転手のアハメド・シャフィールさん(30)も「日本が作ってくれたあの壁がなかったら今ごろマレはもうない」と語り、「助けてくれた日本人からこんな時に金を受け取るわけにはいかない」と決して料金を言ってくれなかった。
大統領府によると、日本はモルディブ最大の援助供与国で13年をかけた防波壁工事の費用6600万ドルの主要部分を日本の援助が支えたという。南部の海岸通りには、「日本とモルディブの友好のため日本政府が提供した支援で作られた」と消波ブロックに記した記念碑が海に向かって建っていた。
(毎日新聞) - 12月28日15時32分更新
古城の砦、津波防ぎ千人救う スリランカの世界遺産の街
防波堤の役割を果たした17世紀の城壁。背後には旧市街地が広がる=12月31日、スリランカ・ガールで
インド洋津波で4000人余りの死者が出ているスリランカ・ガールの旧市街地で、17世紀にオランダが造った高さ約5メートルの城壁が津波を食い止め、住民約千人の命を救っていた。世界遺産にも登録されている砦(とりで)の街。その城壁が、この国にはほとんどない防波堤の役割を果たした。
旧市街地は約0.3平方キロ。海岸部から続く5メートル前後の石造りの城壁に囲まれている。
宝石店で働くアブドゥル・ラウフさん(58)は12月26日朝、パーティーの買い出しに砦の外に出ていて、最初の津波に襲われた。ひざ上まで水につかりながら自転車をこぎ、砦の中に逃げ帰った。その後、1キロ以上先まで海水が引いた。
普段はあり得ないことだった。城壁の上にたどり着くと、もっと大きい2回目の津波がものすごいスピードで迫り、城壁で激しく砕けた。さらに、ほとんどの建物が壊れた新市街と旧市街をつなぐ門に迫り、城壁内にも大量の海水が流れ込んだ。
医薬品の卸業を営むヌワイル・サムサディンさん(27)は、だんだんと増す水かさに「街が沈んでしまう」とおびえた。だが、床上数センチのところで、水は急に「ゴー」と音を立てて引き始めた。
道路の所々にある排水口が、波が引くと同時に路地の水を吸い込んでいた。排水溝と一緒に植民地時代に造られていた。水は数十分でほとんど消え、浸水被害も最小限にとどまった。 (01/04 06:16)
http://www.asahi.com/international/update/0104/005.html
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<インド洋津波>「日本の防波壁が首都を守った」モルディブ
【マレ(モルディブ)福本容子】「日本の支援がなかったら、マレはなくなっていただろう」――。モルディブの人口の約3分の1が住む首都マレでは、日本からの公的支援で建設された防波壁が、島を津波の大惨事から守ってくれたとの見方が広がっている。海抜1メートル程度しかない約1200の島々から成る同国は地球温暖化の進行で国全体が沈みかねないとの不安を抱え、常に海面上昇への恐怖と隣り合わせで生きてきたが、88年以降、進めてきた首都の護岸工事が壊滅的な被害を回避するのに貢献したと、島民は口々に語った。
災害対策本部の置かれたマレ市のイスカンダール小学校校庭でボランティア活動を指揮する元オリンピックマラソン選手のフセイン・ハリームさん(35)。彼になぜマレは3分の2が冠水しながらも死者が出なかったのだろうと尋ねた。するとすぐに答えが返ってきた。「10年以上かけて作った防波壁が大いに助けになった。日本の援助のおかげだと聞いている」
その防波壁を見たくて市南部の海岸まで案内してもらったタクシー運転手のアハメド・シャフィールさん(30)も「日本が作ってくれたあの壁がなかったら今ごろマレはもうない」と語り、「助けてくれた日本人からこんな時に金を受け取るわけにはいかない」と決して料金を言ってくれなかった。
大統領府によると、日本はモルディブ最大の援助供与国で13年をかけた防波壁工事の費用6600万ドルの主要部分を日本の援助が支えたという。南部の海岸通りには、「日本とモルディブの友好のため日本政府が提供した支援で作られた」と消波ブロックに記した記念碑が海に向かって建っていた。
(毎日新聞) - 12月28日15時32分更新
これは メッセージ 1 (jjjjjjjjjjjjjjkohe さん)への返信です.