「イチロー伝説化-
投稿者: dd_qq_d 投稿日時: 2004/10/04 17:11 投稿番号: [7496 / 52541]
-再認識させた価値観の多様性 」
2004年10月03日
バリバリの現役が、伝説の世界に踏み入った。そうそう立ち合える事象ではないだけに、国境を超えた興奮が巻き起こったのも当然であろう。
米大リーグの年間安打記録を塗り替えたイチロー選手(シアトル・マリナーズ)はファンだけでなく、多くにさまざまな思いを起こさせたはずだ。
最大のイチロー効果は、「価値観の多様性」を再認識させたことではなかろうか。ホームランという長打主義全盛の日米プロ野球界で、単打が演出するスリルと緊張感は「人間の日々の営み」そのままである。
一国主義で世界を混迷させる米国が現場であったのも、痛快だ。
夢の「質の違い」鮮明
記録もさることながら、米国ではイチロー選手の野球に取り組む姿勢が高く評価される。「怒る、威張る、すねる」、どこかの元宰相を反面教師にしたような、謙虚な真摯(しんし)さ、は人間としても“一流”の証しといえよう。
アメリカの子どもたちも、イチロー選手の躍動に自らの“夢”をダブらせるようだ。「ホームランは打てないけど、頑張ればぼくもプロ選手になれる」「一生懸命走ってセーフになる。ぼくも全力でプレーしたい」、目を輝かせながら報道陣の差し出すマイクに“訴え”ている。
プロ野球と夢―、いつのことか耳にした“判じ物”だ。日本リーグの再編ドタバタ劇で、球団と選手会双方が口々に繰り出した“切り札”だったか!今になると、与える夢の「質の違い」を個々が自覚しないことには球界再生も難しかろう―、イチロー伝説は語るに違いない。
ファンも変わるチャンスだ。私設応援団長の指揮下でどんちゃん騒ぎは御免こうむる。憂さを晴らすのと、観戦を楽しむ、のは別物だからである。
世界へ解き放つ勇気
米メディアはイチロー選手を鏡にして、米国民の日本人に対する認識が変わったと伝えた。自己を主張することなく謎の笑みを浮かべる人種、昼夜たがわずの“働き虫”、創造性に乏しい物まねの天才などなどの悪評が、「節度があり、奥ゆかしく、努力と工夫を惜しまない」云々(うんぬん)、敬愛の情を感じ始めているという。
何を今更、とも思うし、何となく面はゆい気がしないでもない。評価点に見合う精進が課せられたが、同盟関係の根幹も相互理解と尊重にある。地位協定の見直しなど、この機に片付けられないか、とは欲張り過ぎか。
日本国内では国民栄誉賞も取りざたされてこよう。あえて異論を恐れなければ、イチロー選手には不要だ。世界のスポーツ界の珠玉として、手元から羽ばたかせる寛容さを持っていい。多国のメディアが称賛するアスリートである、生きようも含めて…。
国際間は宗教、民族紛争など枠組みを鮮烈にする流れが際立つ一方で、ボーダーレス化にも弾みがついている。経済社会は多国籍企業、ファンドが横溢(おういつ)しており、スポーツ界は言わずもがなだろう。日本の国技である相撲でも横綱・朝青龍を筆頭に十人余の関取が土俵へ塩を巻く。
排他主義、人種差別を超越した「国際主義」の黎明期(れいめいき)といえる。民族の誇りと価値観を認め合う「人知の多様化現象」が、世界の融和を促進すると言い切っても過言ではあるまい。
島国にとっても、二十一世紀は面白くなりそうな予感がする。
(宮崎日日新聞・社説)
2004年10月03日
バリバリの現役が、伝説の世界に踏み入った。そうそう立ち合える事象ではないだけに、国境を超えた興奮が巻き起こったのも当然であろう。
米大リーグの年間安打記録を塗り替えたイチロー選手(シアトル・マリナーズ)はファンだけでなく、多くにさまざまな思いを起こさせたはずだ。
最大のイチロー効果は、「価値観の多様性」を再認識させたことではなかろうか。ホームランという長打主義全盛の日米プロ野球界で、単打が演出するスリルと緊張感は「人間の日々の営み」そのままである。
一国主義で世界を混迷させる米国が現場であったのも、痛快だ。
夢の「質の違い」鮮明
記録もさることながら、米国ではイチロー選手の野球に取り組む姿勢が高く評価される。「怒る、威張る、すねる」、どこかの元宰相を反面教師にしたような、謙虚な真摯(しんし)さ、は人間としても“一流”の証しといえよう。
アメリカの子どもたちも、イチロー選手の躍動に自らの“夢”をダブらせるようだ。「ホームランは打てないけど、頑張ればぼくもプロ選手になれる」「一生懸命走ってセーフになる。ぼくも全力でプレーしたい」、目を輝かせながら報道陣の差し出すマイクに“訴え”ている。
プロ野球と夢―、いつのことか耳にした“判じ物”だ。日本リーグの再編ドタバタ劇で、球団と選手会双方が口々に繰り出した“切り札”だったか!今になると、与える夢の「質の違い」を個々が自覚しないことには球界再生も難しかろう―、イチロー伝説は語るに違いない。
ファンも変わるチャンスだ。私設応援団長の指揮下でどんちゃん騒ぎは御免こうむる。憂さを晴らすのと、観戦を楽しむ、のは別物だからである。
世界へ解き放つ勇気
米メディアはイチロー選手を鏡にして、米国民の日本人に対する認識が変わったと伝えた。自己を主張することなく謎の笑みを浮かべる人種、昼夜たがわずの“働き虫”、創造性に乏しい物まねの天才などなどの悪評が、「節度があり、奥ゆかしく、努力と工夫を惜しまない」云々(うんぬん)、敬愛の情を感じ始めているという。
何を今更、とも思うし、何となく面はゆい気がしないでもない。評価点に見合う精進が課せられたが、同盟関係の根幹も相互理解と尊重にある。地位協定の見直しなど、この機に片付けられないか、とは欲張り過ぎか。
日本国内では国民栄誉賞も取りざたされてこよう。あえて異論を恐れなければ、イチロー選手には不要だ。世界のスポーツ界の珠玉として、手元から羽ばたかせる寛容さを持っていい。多国のメディアが称賛するアスリートである、生きようも含めて…。
国際間は宗教、民族紛争など枠組みを鮮烈にする流れが際立つ一方で、ボーダーレス化にも弾みがついている。経済社会は多国籍企業、ファンドが横溢(おういつ)しており、スポーツ界は言わずもがなだろう。日本の国技である相撲でも横綱・朝青龍を筆頭に十人余の関取が土俵へ塩を巻く。
排他主義、人種差別を超越した「国際主義」の黎明期(れいめいき)といえる。民族の誇りと価値観を認め合う「人知の多様化現象」が、世界の融和を促進すると言い切っても過言ではあるまい。
島国にとっても、二十一世紀は面白くなりそうな予感がする。
(宮崎日日新聞・社説)
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