◎卑怯と憲法9条について◎
投稿者: stugaki 投稿日時: 2004/09/27 07:49 投稿番号: [7192 / 52541]
はじめに意図を詳述する愚を避けたのは、9条を遵守する国が国際的貢献を図るなら、それを思考に容れてこのトピに登場する君らなら、手間のムダと考えたからである。
当然その精神を前面に出して戦争危機の予感が発した段階で、(またはそれ以前の、想起される時点で)国連等、あるいは紛争発生が予想される当事国首脳に、
つまり、君の質問の、先頭に立つというのは?の意は「戦争を避ける」最善方を打診、または要請する積極的行動を日本が「先がけて執る」ことを指す。
例えばチベット云々も、そういう先見性と9条の平和理念に基づいて、予防的に日本国は名誉ある平和のための行動を執ったか?
火がついて、延焼中の火事は消しがたい。戦争は突発的な火事ではない。むしろ人為的な放火である。放火する、される前には予兆がある。
君を真似て、例えばイラク戦争、予兆が十文有った。発火、放火、その下主人も事前に(臆面もなく)名乗り出ていて犯行者も分かっている。
それを日本の総理は「憲法理念」を無視。あるいは国債貢献の文言を悪用改竄して
「戦争する」つまり放火犯に与してしまったのである。
これ一つを執っても政府は明らかに憲法違反なのである。
しかもその違憲も数で押し切り、その暴威に、司法も当然のように機能しない。
これが現憲法下の日本の実状なのである。
憲法を指して、高邁な、理想に過ぎる。と思慮浅い一部の者は言うが、
憲法九条は言い換えれば・向こう三軒両隣り・が、如何に日ごろ平穏に暮らすかの基本なのだ。
そのなかの一軒に不心得な者が居て、富を、地位を一人占めを謀った時、あるいは他人の迷惑を顧みないとき、
この者を諫め、説得に回るか、便乗して暴力者に分け前貰うか、
その思い違いがイラク戦走った米国・、ブッシュ支援に顕れた日本政府なのである。
分かって貰えたろうか。はじめに邪心を懐いて事に対すると、人は容易に自らの誤謬を修正できない。
違いますか!?
嗤うか
笑わないかは知るところでないが、起き抜けの拙文、熟慮して戴ければ幸いに想う。
これは メッセージ 7191 (satrix_unloaded さん)への返信です.
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