アジア大会に見た日本囲碁の課題①
投稿者: bpqcoxbuz 投稿日時: 2010/12/04 09:21 投稿番号: [47655 / 52541]
記者の目:アジア大会に見た日本囲碁の課題=金沢盛栄
中国・広州で開かれた第16回アジア大会(11月12〜27日)で、囲碁が初めて競技種目に加わった。男女団体戦、「ペア碁」と呼ばれる混合ダブルスの計3種目。日本はトップ棋士10人(男性6人、女性4人)を派遣し全種目に参加したが、メダルは男子団体戦の銅1個だけ。韓国は金3、銅1、中国は銀3、日本と台湾が各銅1。“囲碁大国・日本”も今は昔。韓国、中国に大きく水をあけられた。帰国した大竹英雄監督は「各種目でメダルを取ってほしかった。ファンの皆様にわびないといけない」とつらそうに振り返った。私は、日本が伝統文化としての囲碁をひきずりながら、勝ち負けが第一のスポーツ大会に参加してしまったことが敗因だと思う。
「あんなのは碁じゃない」「吐き気をもよおした」−−。二つの“事件”に日本チームから反発の声が漏れた。
◇勝利至上主義で“反則”も横行
優勝候補の中国と韓国が対戦した20日の混合ダブルス。終盤で負けが確定的になった韓国ペアは、まったく意味のない地点への着手を始めた。
この種目は各45分の持ち時間を使い切ってしまうと、内容に関係なく負けとなり、30秒以内に着手すればいい「秒読み」はない。囲碁の場合、将棋のように王を詰ますという最終目的がないため、無意味な地点に打ち続ければ、ゲームは終了しない。着手を続ける限り、互いの持ち時間は必ず減る。韓国ペアは中国の時間が少ないのをみて、「時間切れ作戦」に出た。無意味な着手は10手以上に及び、さすがに審判団が協議し、規定(時間切れを狙った異常なプレーは審判が止めることができる)により、韓国の反則負けを宣告した。
24日の女子団体(3人制)韓国−北朝鮮戦。この種目は「秒読み」があり、持ち時間1時間を使い切った北朝鮮選手が、着手が間に合わなかったとして、一度は時間切れと判定された。北朝鮮側は「30秒以内に打った」と抗議し、審判もこれを認め、韓国に再開をうながした。ところが韓国選手は判定への諾否を明確にしないまま1時間が経過。同時進行で対局していた別の韓国選手が勝ち、韓国チーム2勝で勝利が決まった時点で、ようやく試合を再開するという後味の悪い結末だった。
いずれも日本ではあり得ない。時間切れ作戦はアマチュアの大会ではまれに起こるが、プロ棋士の間では皆無。「そこまでして勝ちたくない。棋譜が残れば一生の恥になる」(日本棋院所属の棋士)。江戸時代以来、日本では囲碁は勝負事であると同時に、伝統文化として扱われてきた。棋士がよく、「勝ちたい」ではなく「立派な棋譜を残したい」と話すのもそのためだ。
◇時間切れの判定 日本は抗議せず
象徴的な場面は、女子団体の銅メダルをかけた26日の日本−台湾戦。日本主将の鈴木歩五段は台湾のエース、謝依旻(シェイイミン)五段と対戦。最終盤に入り、鈴木五段の勝ちが確定的な情勢だった。ここまで1勝1敗で、日本の銅が確定したかにみえたが、鈴木五段の着手が間に合わず、時間切れ負けとされた。鈴木五段は「時間内に打ったのですが……」と話したが、抗議しなかったという。
このほか、信じられないのは情報がきちんと公開されないことだ。記者が試合を取材できたのは、対局が始まって15分間の冒頭撮影タイムだけ。すべてが終わり、全選手が退場するまでシャットアウトで、後に公表された結果も勝ち負けのみで、内容(勝ち負けの差、時間切れかどうかなど)はまったくアナウンスされない。前記のさまざまな出来事も、選手や関係者から取材して初めて分かった。百メートル走に例えれば、スタートだけ見せて後はトンネルを走らせ、着順だけ発表するようなもの。40年以上、囲碁の世界にかかわってきたが、このような大会で公式棋譜(終了までの打ち手の記録)が残っていないのは初めての経験だ。
これについて、ある中国の棋士は「中国、韓国では何目勝つとか時間切れとか、途中経過はどうでもいい。問題は勝ちか負けかの一点」と話した。やはり中韓では囲碁はスポーツとしてとらえられているのか、と考えさせられた。
日本には、本因坊戦など2日制の棋戦が三つあり、棋士はこの3大棋戦を目標に体を慣らし、研さんを積む。伝統文化として最善を求め、一手に何時間もかけてきたのだ。しかし、世界的には囲碁のスポーツ化が進み、持ち時間は短縮傾向。勝ちにいくなら戦略と訓練が求められる。
次回のアジア大会開催国は韓国で、囲碁競技が残ることは十分考えられる。伝統文化の囲碁として日本独自の道を進むのか、スポーツとして勝敗に徹して結果を求めるのか。囲碁界の総本山である日本棋院は早急に方針を決める必要があろう。
毎日新聞 2010年12月3日 0時09分
中国・広州で開かれた第16回アジア大会(11月12〜27日)で、囲碁が初めて競技種目に加わった。男女団体戦、「ペア碁」と呼ばれる混合ダブルスの計3種目。日本はトップ棋士10人(男性6人、女性4人)を派遣し全種目に参加したが、メダルは男子団体戦の銅1個だけ。韓国は金3、銅1、中国は銀3、日本と台湾が各銅1。“囲碁大国・日本”も今は昔。韓国、中国に大きく水をあけられた。帰国した大竹英雄監督は「各種目でメダルを取ってほしかった。ファンの皆様にわびないといけない」とつらそうに振り返った。私は、日本が伝統文化としての囲碁をひきずりながら、勝ち負けが第一のスポーツ大会に参加してしまったことが敗因だと思う。
「あんなのは碁じゃない」「吐き気をもよおした」−−。二つの“事件”に日本チームから反発の声が漏れた。
◇勝利至上主義で“反則”も横行
優勝候補の中国と韓国が対戦した20日の混合ダブルス。終盤で負けが確定的になった韓国ペアは、まったく意味のない地点への着手を始めた。
この種目は各45分の持ち時間を使い切ってしまうと、内容に関係なく負けとなり、30秒以内に着手すればいい「秒読み」はない。囲碁の場合、将棋のように王を詰ますという最終目的がないため、無意味な地点に打ち続ければ、ゲームは終了しない。着手を続ける限り、互いの持ち時間は必ず減る。韓国ペアは中国の時間が少ないのをみて、「時間切れ作戦」に出た。無意味な着手は10手以上に及び、さすがに審判団が協議し、規定(時間切れを狙った異常なプレーは審判が止めることができる)により、韓国の反則負けを宣告した。
24日の女子団体(3人制)韓国−北朝鮮戦。この種目は「秒読み」があり、持ち時間1時間を使い切った北朝鮮選手が、着手が間に合わなかったとして、一度は時間切れと判定された。北朝鮮側は「30秒以内に打った」と抗議し、審判もこれを認め、韓国に再開をうながした。ところが韓国選手は判定への諾否を明確にしないまま1時間が経過。同時進行で対局していた別の韓国選手が勝ち、韓国チーム2勝で勝利が決まった時点で、ようやく試合を再開するという後味の悪い結末だった。
いずれも日本ではあり得ない。時間切れ作戦はアマチュアの大会ではまれに起こるが、プロ棋士の間では皆無。「そこまでして勝ちたくない。棋譜が残れば一生の恥になる」(日本棋院所属の棋士)。江戸時代以来、日本では囲碁は勝負事であると同時に、伝統文化として扱われてきた。棋士がよく、「勝ちたい」ではなく「立派な棋譜を残したい」と話すのもそのためだ。
◇時間切れの判定 日本は抗議せず
象徴的な場面は、女子団体の銅メダルをかけた26日の日本−台湾戦。日本主将の鈴木歩五段は台湾のエース、謝依旻(シェイイミン)五段と対戦。最終盤に入り、鈴木五段の勝ちが確定的な情勢だった。ここまで1勝1敗で、日本の銅が確定したかにみえたが、鈴木五段の着手が間に合わず、時間切れ負けとされた。鈴木五段は「時間内に打ったのですが……」と話したが、抗議しなかったという。
このほか、信じられないのは情報がきちんと公開されないことだ。記者が試合を取材できたのは、対局が始まって15分間の冒頭撮影タイムだけ。すべてが終わり、全選手が退場するまでシャットアウトで、後に公表された結果も勝ち負けのみで、内容(勝ち負けの差、時間切れかどうかなど)はまったくアナウンスされない。前記のさまざまな出来事も、選手や関係者から取材して初めて分かった。百メートル走に例えれば、スタートだけ見せて後はトンネルを走らせ、着順だけ発表するようなもの。40年以上、囲碁の世界にかかわってきたが、このような大会で公式棋譜(終了までの打ち手の記録)が残っていないのは初めての経験だ。
これについて、ある中国の棋士は「中国、韓国では何目勝つとか時間切れとか、途中経過はどうでもいい。問題は勝ちか負けかの一点」と話した。やはり中韓では囲碁はスポーツとしてとらえられているのか、と考えさせられた。
日本には、本因坊戦など2日制の棋戦が三つあり、棋士はこの3大棋戦を目標に体を慣らし、研さんを積む。伝統文化として最善を求め、一手に何時間もかけてきたのだ。しかし、世界的には囲碁のスポーツ化が進み、持ち時間は短縮傾向。勝ちにいくなら戦略と訓練が求められる。
次回のアジア大会開催国は韓国で、囲碁競技が残ることは十分考えられる。伝統文化の囲碁として日本独自の道を進むのか、スポーツとして勝敗に徹して結果を求めるのか。囲碁界の総本山である日本棋院は早急に方針を決める必要があろう。
毎日新聞 2010年12月3日 0時09分
これは メッセージ 1 (jjjjjjjjjjjjjjkohe さん)への返信です.