Re: 鳥小屋チユンタロの鳩山熱烈支持は
投稿者: hoihoimusic1969 投稿日時: 2010/11/18 00:16 投稿番号: [47570 / 52541]
政治指導者の靖国神社参拝は「もうあんな戦争はしません」という「反省」なのだけれどな。基地外には通じないけれど。鳩山由紀夫の祖父の鳩山一郎は戦前の政治活動の理由で戦後に公職追放を受けていたね。ウィキペディアでしらべたが、孫の鳩山由紀夫、邦夫兄弟は靖国神社に参拝して祖父に代わって「反省」しなきゃならん。二人が脱税で得たあぶく銭は全額寄進しなきゃならんね。それで二人とも政界を引退だ。
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-ウィキペディアより鳩山一郎の戦前の政治活動(略)
1930年(昭和5年)、第58帝国議会のロンドン海軍軍縮条約の批准をめぐる論議では軍縮問題を内閣が云々することは天皇の統帥権の干犯に当たるとして濱口内閣を攻撃、濱口首相狙撃事件の遠因となった。また、狙撃事件後傷の癒えぬ濱口雄幸に執拗な登院要求を行った。濱口は登院の5ヶ月後に死去している。統帥権干犯論は議会の軍に対するコントロールを弱めるものであった為、これを根拠として軍部が政府決定や方針を無視して暴走し始め、以後、政府はそれを止める手段を失うことになって行く。鳩山は対立する立憲民政党政府を苦しめることを企図したようだが、議員としては政争に明け暮れて大局を見失っていたことになる。また、この時期の政友会は田中義一・鈴木喜三郎の下でリベラル派が屈服させられて右派・親軍派が主導的になっていったとする見解もあり、この説を採用するならば、義兄・鈴木の入党を田中に仲介したとされている鳩山が結果的にはこうした動きに加担してしまった事になる。この事は戦後になりGHQから「軍部の台頭に協力した軍国主義者」として追及され、公職追放の一因となった。
これは メッセージ 47564 (jijituin さん)への返信です.
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