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Re: 小澤総理などまっぴら

投稿者: zyuriasusiiza 投稿日時: 2008/10/15 23:15 投稿番号: [42785 / 52541]
当時自民党の幹事長である。小沢さんが全てにおいて牛耳っていた。海部政権は人事もままならぬ、傀儡政権であった。>

小沢一郎はこの当時、さらなる売国をやってのけたのです。
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『蠢く!中国「対日特務工作」(秘)ファイル』

  1989年6月の天安門事件による国際的な包囲網を突破する最大の切り札として使われた「天皇訪中」である。
  中国は当時、天安門事件で民主化を求める学生らを弾圧したことから、西側諸国から制裁を受け、国際的な孤立を余儀なくされていた。
  これを打開するため、中国は、西側の包囲網でも一番脆弱だった日本に目をつけた。そして史上最大の対日工作「天皇訪中」が始まったのである。
    (中略)
  海部という政治家には、中国指導部に対して天皇訪中を約束するだけの実力はまだなかった。首相としての海部を支えたのは、金丸信ら竹下派の実力者であり、海部は単なる竹下派の〝操り人形〟だったのだ。

  しかも、訪中からわずか3ヶ月後の91年10月には、海部は選挙制度改革法案を巡って竹下派の反発を招き、あっさりと辞任に追い込まれた。
  その後任は、当時、竹下派の会長代行だった小沢一郎(現・民主党代表)が〝面接〟して宮澤喜一に決まった。
   (中略)
「このようななかで、天皇の中国訪問を決断することは、政治生命をかける必要があった」
  後年、宮澤は親しい関係者に語っている。
  その宮澤の背中を押したのが竹下派の代表だった金丸信・自民党副総裁だった。
「天皇訪中で反対が出ても、竹下派は宮澤政権を全力で支える」金丸は宮澤に直接電話した。これを受けて宮澤は肚を決めた。

  さらに、中国政府が「日本軍の海外派兵につながる」として反対していた国際平和協力法(PKO法)案について「災害救助なら理解できる」などとして、事実上、容認の方針に転換した。これは両国間の政治取引でもあった。
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1991年にアメリカに金を出し、中国の天皇の政治利用に加担した小沢一郎。

小沢シンパは「小沢はアメリカにも中国にもモノが言える政治家」と称賛しているが、モノが言えるのではなく、いいなりになる政治家だということだ。
しかし、日本のPKO法案成立にも、中国の許可が必要ということはどういうことだろうか?中国が反対すると日本の野党も反対。中国が賛成すると日本の野党も賛成するということか?

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