JCJについて
投稿者: kt19790776 投稿日時: 2008/07/13 11:29 投稿番号: [42001 / 52541]
JCJについて、その後調べたところを書いておこう。
毎度のことだが、Wikiによると、JCJは「黒田清」賞なるものも創設し、授賞対象を選考している。
黒田清といえば、
>黒田 清(くろだ きよし、1931年2月15日 - 2000年7月23日)は新聞記者、ジャーナリスト。大阪府出身。旧制大阪府立高津中学校卒業、旧制第四高等学校、京都大学経済学部卒業。1952年大阪読売新聞社(現・読売新聞大阪本社)入社。社会畑を歩み、1976年に社会部長就任。以後、この社会部チームの記者は「黒田軍団」として注目を集め、黒田自身だけでなく、軍団の一員だった大谷昭宏らがジャーナリストとして活躍し注目を集める。また、著書「警官汚職」(1984年)には日本ノンフィクション賞、1985年の「戦争」では菊池寛賞をそれぞれ獲得。
革新・左派色が強いと見られ、渡邉恒雄の意を体した上司に干されるようになった。その結果、1987年退社。「黒田軍団」も内部で「戦犯」視され、散り散りになった。その後は「黒田ジャーナル」を主宰するフリージャーナリストとして、窓友新聞発行の他、テレビ、ラジオ、新聞などで活躍。日刊スポーツ・大阪本社版に連載「黒田清のぶっちゃけ・ジャーナル(後に「にゅーすらいだー」と改題)」を、しんぶん赤旗日曜版に連載「半共ジャーナル」を執筆した。
2000年7月、膵臓癌のため死去。これに伴い黒田ジャーナルは解散。大谷は独立して「大谷昭宏事務所」を設立した。なお、他紙が数段抜きの訃報を掲載したのに対し(顔写真入りで掲載した新聞もあった)、読売に掲載された訃報は一段のベタ記事であった。
と、Wikiに書かれているように、読売記者として出発しながら「革新・左派」のジャーナリストとして活躍した。
その「黒田清」の名を冠した賞を出すくらいだから、JCJも「革新・左派」のジャーナリスト団体と見ていいだろう。
n
(なお、JCJのホームページには、JCJ大賞の選考委員も明示されているが、それらは、おおむね、左派、リベラルな人たちである)。
そこで、7月10日のNO.41932で貼り付けた「JCJ大賞」の記事だが、これは、ライブドアニュースからだった。
これに対して、「踊る掲示板2」氏が、「同類」が出した賞じゃないかと突っ込んできたわけだが、たしかに、その通り。「革新・左派」のあいだでの「革新・左派」の賞であるわけだが、それのどこが悪いのか?
このトピは、「アサヒ叩き」(=反「革新・左派」だろう)だから、「革新・左派」は、即「嘲笑」の対象なのだろうが、それは立場の問題だと、私は書いた。
このトピの反「革新・左派」が、社会のどの程度の部分をカバーしているのか? 「革新・左派」も、日本の社会で、それなりの部分をカバーしている。
「JCJ大賞」授賞の記事を貼り付けたら、「ふざけるな!」、「嘲笑」というのは、このトピの反「革新・左派」からの対応であるから、私は、それは当然のことで、構わないと考えている。だから、そういう反応は受け流せばいいと考えている。
JCJ大賞の記事を貼り付ける前にJCJのことを調べなかったのは、「手抜き」と非難されても仕方ないが、しかし、それで問題になっているのは、「立場」の問題で、「人格」の問題ではない。
毎度のことだが、Wikiによると、JCJは「黒田清」賞なるものも創設し、授賞対象を選考している。
黒田清といえば、
>黒田 清(くろだ きよし、1931年2月15日 - 2000年7月23日)は新聞記者、ジャーナリスト。大阪府出身。旧制大阪府立高津中学校卒業、旧制第四高等学校、京都大学経済学部卒業。1952年大阪読売新聞社(現・読売新聞大阪本社)入社。社会畑を歩み、1976年に社会部長就任。以後、この社会部チームの記者は「黒田軍団」として注目を集め、黒田自身だけでなく、軍団の一員だった大谷昭宏らがジャーナリストとして活躍し注目を集める。また、著書「警官汚職」(1984年)には日本ノンフィクション賞、1985年の「戦争」では菊池寛賞をそれぞれ獲得。
革新・左派色が強いと見られ、渡邉恒雄の意を体した上司に干されるようになった。その結果、1987年退社。「黒田軍団」も内部で「戦犯」視され、散り散りになった。その後は「黒田ジャーナル」を主宰するフリージャーナリストとして、窓友新聞発行の他、テレビ、ラジオ、新聞などで活躍。日刊スポーツ・大阪本社版に連載「黒田清のぶっちゃけ・ジャーナル(後に「にゅーすらいだー」と改題)」を、しんぶん赤旗日曜版に連載「半共ジャーナル」を執筆した。
2000年7月、膵臓癌のため死去。これに伴い黒田ジャーナルは解散。大谷は独立して「大谷昭宏事務所」を設立した。なお、他紙が数段抜きの訃報を掲載したのに対し(顔写真入りで掲載した新聞もあった)、読売に掲載された訃報は一段のベタ記事であった。
と、Wikiに書かれているように、読売記者として出発しながら「革新・左派」のジャーナリストとして活躍した。
その「黒田清」の名を冠した賞を出すくらいだから、JCJも「革新・左派」のジャーナリスト団体と見ていいだろう。
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(なお、JCJのホームページには、JCJ大賞の選考委員も明示されているが、それらは、おおむね、左派、リベラルな人たちである)。
そこで、7月10日のNO.41932で貼り付けた「JCJ大賞」の記事だが、これは、ライブドアニュースからだった。
これに対して、「踊る掲示板2」氏が、「同類」が出した賞じゃないかと突っ込んできたわけだが、たしかに、その通り。「革新・左派」のあいだでの「革新・左派」の賞であるわけだが、それのどこが悪いのか?
このトピは、「アサヒ叩き」(=反「革新・左派」だろう)だから、「革新・左派」は、即「嘲笑」の対象なのだろうが、それは立場の問題だと、私は書いた。
このトピの反「革新・左派」が、社会のどの程度の部分をカバーしているのか? 「革新・左派」も、日本の社会で、それなりの部分をカバーしている。
「JCJ大賞」授賞の記事を貼り付けたら、「ふざけるな!」、「嘲笑」というのは、このトピの反「革新・左派」からの対応であるから、私は、それは当然のことで、構わないと考えている。だから、そういう反応は受け流せばいいと考えている。
JCJ大賞の記事を貼り付ける前にJCJのことを調べなかったのは、「手抜き」と非難されても仕方ないが、しかし、それで問題になっているのは、「立場」の問題で、「人格」の問題ではない。
これは メッセージ 41999 (bonkura_damashii2004 さん)への返信です.