Re: 北京からの指令
投稿者: zyuriasusiiza 投稿日時: 2008/04/22 12:59 投稿番号: [41142 / 52541]
元現役共産主義者が多い読売>それは違います。
『私のなかの歴史』
田中角栄の秘書・早坂茂三の回顧録
早稲田の卒業を1955年に控え、1年留年の私は新聞記者を目指した。読売では1800人の受験者を潜り抜け、最終面接の13人に残った。試験管の反応もよい。
浮き浮きして下宿に戻ると、留守中に読売・総務部の男が部屋を視察して帰ったという。
世間知らずの私は、机にガリ刷りの「球根栽培法」を置いていた。
共産党の軍事闘争を記述した極秘文書ですよ。
本棚は左翼関係一色。
やんぬるかな。2日後に不合格の無愛想な速達が届いた。
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■早坂氏は留年時代にアメリカのエドガー・スノー著「中国の赤い星」という本に出会い、八路軍にあこがれ、マルクス社会主義にあこがれて、「学生運動に身を投じ、早稲田入学と同時に「共産党員」となります。
読売新聞が「共産主義」を嫌っていたのがわかります。
このように、あなたが言う<元共産主義者が多い読売>という根拠はどこからきたのでしょうか?
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現役の共産主義者が多い朝日>これは、その通りです。ただ、朝日は戦前から<共産主義者>が存在していたのです。
『朝日新聞
Wikipedia』を参照
1942年
ゾルゲ事件で東京本社政治経済部長
田中慎次郎(3月15日)、同部員磯の清(4月28日)が検挙。
■尾崎秀実(ジャーナリスト、革命家、スパイ、実質的共産主義者。近衛文麿政権のブレーンとして、政界・言論界に重要な地位を占め、軍部とも独自の関係を持ち、日中戦争当時の政局の最上層部・中枢で活躍したが、太平洋戦争開戦直前、ゾルゲ事件の首謀者の一人として逮捕され、1944年、死刑に処された。
1925年(大正14年)東大大学院で、大森義太郎が指導する唯物論研究会に参加し、共産主義の研究を行った。
1928年(昭和3年)11月、朝日新聞上海支局に転勤し、特派員記者となり、中国共産党とも交流。アグネス・メドレーと出会い、コミンテルンの諜報活動に協力。さらに、リヒャルド・ゾルゲと出会う。
朝日の、本多勝一も<共産主義者>でした。
■近衛首相のブレーンは「右翼という名の左翼」だった。
※
当時、日本陸軍にとってソ連が問題であって、シナなどに付き合って暇はなかった。
貧しい兵隊たちに、テロを吹き込んで戦争を推し進めたのは、軍部に入り込んだ<共産主義者>だった。
■近衛首相のブレーンに「日ソ共同宣言」をした鳩山一郎(右翼という名の左翼)がいる。
これは メッセージ 41141 (kiyoakl さん)への返信です.
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