金九が10万ウォンとは・・・
投稿者: filthymacnasty2 投稿日時: 2007/11/07 20:51 投稿番号: [39488 / 52541]
>韓国初の10万ウォン紙幣、肖像に金九氏
2007年11月05日20時44分
誰かもっと適当な人物はいないのか
>金九は19世紀末の日本人による朝鮮王妃、閔妃の殺害に憤り【日 本 軍 人 を 殺 害。】脱獄後、独立運動に加わり、上海に樹立した大韓民国臨時政府の指導者として抗日テロも指揮した、日本の敗戦後、韓国だけの単独政府樹立を進めた李承晩元大統領に対し、金九は南北統一政府を主張したが、49年に軍人に暗殺された
●2009年から10万ウォン札になる金九とはこんな人物
既に他の人も指摘しているが、1896年に金九が殺害した土田譲亮中尉は「閔妃暗殺」とは無関係、従って「『閔妃暗殺』に関与した日本陸軍中尉を誅殺した」との金九の主張は全くの捏造
この事件で金九は「死刑判決」を受けたが、高宗が「特赦」で減刑、その後脱獄
1911年、金九は「寺内正毅総督暗殺未遂事件」に連座し、「終身刑」の判決を受けたが、また減刑され1914年出獄
1919年、「3.1独立運動」後、上海に逃れ、4月10日「大韓民国臨時政府」樹立(李承晩大統領、金九警護局長)
同年8月、アメリカに事大する李承晩が朝鮮半島をアメリカの「信託統治領」にしようと画策したことから「独立派」が怒り、李承晩を追放、その後蒋介石に事大する金九が台頭
金九が黒幕の「対日テロ事件」が連続的に発生
・「天皇陛下暗殺未遂事件」(1932年1月8日)
(「桜田門」外で天皇陛下の馬車に爆弾を投げた李奉昌は、逮捕され死刑に処された)
・「上海虹口公園事件」(1932年4月29日)
(上海の「虹口公園」で爆弾を投げ、白川義則大将を殺害し、野村吉三郎「第三艦隊」司令官、重光葵「上海公使」に重傷を負わせた尹奉吉は逮捕され、死刑に処された)
1940年、金九は「光復軍」を結成、重慶に赴き「蒋介石政権」の配下に入る
1941年12月8日、日本が「真珠湾攻撃」を行い、米英との戦争に突入すると、12月9日(12月10日という説もある)、金九は「対日宣戦布告」(したとのこと)、但し、終戦まで日本側、「連合国」側とも全く気付かず
1945年11月、金九は凱旋と称して亡命先の中国から朝鮮半島入りするが、既に10月に亡命先のアメリカから帰国していた李承晩と激しく対立
1949年、金九は李承晩の放った刺客安斗熙(現役軍人)により呆気なく暗殺された
これは メッセージ 39485 (alraunejp さん)への返信です.
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