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クメールルージュの虐殺

投稿者: war_cry 投稿日時: 2007/09/21 01:04 投稿番号: [38502 / 52541]
9月20日8時1分配信 産経新聞【バンコク=菅沢崇】

1970年代のカンボジアで大量虐殺に関与したポル・ポト元政権の幹部らを裁くため、同国捜査当局は19日、政権ナンバー2のヌオン・チア元人民代表議会議長(81)の身柄を西部パイリンの自宅で拘束した。
今年7月に開始された予審判事による取り調べの一環で、ポト派幹部の拘束は2人目。
検察側は来春にも予定されている第1審に向けて、すでに政治犯収容所のカ・ケ・イウ元所長を拘束、取り調べを続けている。
元議長は、故ポル・ポト元首相に次ぐ同派の実力者として、ポル・ポト政権崩壊後もヘン・サムリン政権に抵抗した。
だが、98年4月にポル・ポト氏が死去し、同年12月にポル・ポト派の幹部、キュー・サムファン元幹部会議長と一緒に投降した。

現地からの情報によると、虐殺への関与については、最高幹部の一人として虐殺の立案や指示に携わったとする見方も強いが、昨年6月の産経新聞の取材に対しては、「(自らの責任については)法廷で話す」とだけ述べ、明確な回答を避けている。

約200万人を死亡させたとされるポル・ポト政権の元幹部を裁く国連支援の特別法廷は、カンボジア政府と国連間の約10年に及ぶ交渉の末に体制が整った。
特別法廷の検察側は今年7月、ポル・ポト派幹部5人の捜査を判事に依頼していた。
最高刑を死刑として2審制で行われる。


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1975年4月   朝日新聞   和田俊

「アジア的優しさ持つ   カンボジア解放勢力のプノンペン制圧は、武力解放のわりには、流血の跡がほとんど見られなかった。」
入城する解放軍兵士とロンノル政府軍兵士は手を取り合って抱擁。
政府権力の委譲も平穏のうちに行われたようだ。
しかも、解放勢力の指導者がプノンペンの裏切り者たちに対し、身の安全のために、早く逃げろ」と繰り返し忠告した。
「君たちが残っていると、われわれは逮捕、ひいては処刑も考慮しなければならない。それよりも目の前から消えたくれた方がいい」という意味であり的を遇する上で、きわめてアジア的な優しさにあふれているようにみえる。〈中略〉
カンボジア人の融通自在の行動様式から見て、革命の後につきものの陰険な粛清は起こらないのではあるまいか。」

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クメールルージュの大虐殺

当時、世界の自由主義側のジャーナリズムで、狂気の毛主義者達を擁護したのは、朝日だけです。

今こそ、朝日を糾弾しましょう。

狂気の共産主義者に、無惨にも虐殺された200万と、カンボジアPKOで亡くなられた、中田厚仁国連ボランティアと高田晴行警部補のためにも。

人として、絶対に許してはいけません。
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