朝日新聞人の立ち位置
投稿者: chinotabibito 投稿日時: 2007/07/20 08:39 投稿番号: [36785 / 52541]
1、(7月19日社説)標題:共産党―宮本時代を超えるには
あるていどの年配なら、感慨を覚える人が多いのではないか。長く共産党の最高指導者として君臨した宮本顕治・前名誉議長が98歳の生涯を閉じた。病に倒れ、党の主導的な立場を去ってから10年の長い時間をへての死去である。
戦前、共産党が非合法とされていた時代に入党し、12年に及ぶ獄中生活で非転向を貫いたカリスマ性。戦後、理論と組織の両面で党を率いた強固な指導力。とりわけ、議会重視の「民主主義革命」路線を確立したことは、党にとって不動の功績だったといえよう。
ソ連・東欧の社会主義の崩壊で、世界の社会主義政党は窮地に立たされた。宮本時代が終わりに近づいたころだ。議長引退からこの10年、後継者として党を率いてきた不破哲三・前議長、そして宮本氏が抜擢(ばってき)した志位和夫委員長は、その波に大きく揺さぶられた。
そんななかでも、浮き沈みはあっても共産党は国会で一定の議席を維持してきた。党が自負する通り、他党が離合集散するなかで、筋を通そうとする宮本氏以来の姿勢と無縁ではあるまい。
だが、ともすれば硬直的になりがちなその姿勢が、共産党を小さく、閉鎖的にしてきた要因だったのではないか。
社会主義政権ではなく、いまの憲法のもとで民主的な改革をめざす政党や政治勢力を結集する。それが宮本時代に打ち出した「民主連合政府」構想だ。
なのに、一度として共産党は政権に加わることはなかった。それどころか、現在は「たしかな野党」を看板に、在野で生き残りを画さざるを得ない状況だ。
不破時代の00年には党規約から「前衛政党」「社会主義革命」などの言葉を削り、さらに04年の綱領改定で象徴天皇制や自衛隊の存続を容認した。柔軟路線に少しずつかじを切ってきたのは事実だ。
しかし、閉鎖性の象徴とされる民主集中制は規約に残したままだ。宮本氏から2代後のリーダーの時代になっても、なお「負の遺産」から抜け出せないということなのだろうか。柔軟路線はまだまだ道半ばの感である。
自衛隊の国民監視活動をあばくなどの調査活動。政治腐敗や首相の靖国参拝を批判する論理の鋭さ。いまの共産党が、独自の存在感をもっていることは間違いない。だからこそ、もっと開かれた党になる努力をすべきではないか。社民主義政党への脱皮や党名の変更など、本格的な改革を求める党内の声に耳を傾けるべきだろう。
共産党は民主党を「自民党と同じ」などと批判し、この参院選挙後の連携を否定している。社民党との足並みもそろわない。党員の高齢化が進み、党勢拡大の展望は見えない。いまのままの共産党が「21世紀の早い時期に民主連合政府を実現する」と言っても、現実味を感じる人がどれほどいるだろうか。
共産党が宮本時代を乗り越えるには、さらに思い切った変身が欠かせない。 <
宮本顕治が何者なのか現在の購読者の多くは分からないのではないか?
社説でとりあげるほどの内容か? 「赤旗」ではあるまいし。
朝日新聞に有力なグループがあり社内統制や紙面編成に影響力を持っている。
つまり、この社説は、共産党内の路線闘争と朝日新聞内部の党派闘争を、一般紙の社説の場でやっていることになる。
2、>共産党の宮本顕治・前名誉議長が死去 2007年07月18日20時44分
3、>宮本氏死去、「赤旗」は1面2番手の扱い 2007年07月19日22時11分
朝日新聞人にとってはきわめて大きな出来事だったのである。
たとえば、金日成死去のニュースのような!
あるていどの年配なら、感慨を覚える人が多いのではないか。長く共産党の最高指導者として君臨した宮本顕治・前名誉議長が98歳の生涯を閉じた。病に倒れ、党の主導的な立場を去ってから10年の長い時間をへての死去である。
戦前、共産党が非合法とされていた時代に入党し、12年に及ぶ獄中生活で非転向を貫いたカリスマ性。戦後、理論と組織の両面で党を率いた強固な指導力。とりわけ、議会重視の「民主主義革命」路線を確立したことは、党にとって不動の功績だったといえよう。
ソ連・東欧の社会主義の崩壊で、世界の社会主義政党は窮地に立たされた。宮本時代が終わりに近づいたころだ。議長引退からこの10年、後継者として党を率いてきた不破哲三・前議長、そして宮本氏が抜擢(ばってき)した志位和夫委員長は、その波に大きく揺さぶられた。
そんななかでも、浮き沈みはあっても共産党は国会で一定の議席を維持してきた。党が自負する通り、他党が離合集散するなかで、筋を通そうとする宮本氏以来の姿勢と無縁ではあるまい。
だが、ともすれば硬直的になりがちなその姿勢が、共産党を小さく、閉鎖的にしてきた要因だったのではないか。
社会主義政権ではなく、いまの憲法のもとで民主的な改革をめざす政党や政治勢力を結集する。それが宮本時代に打ち出した「民主連合政府」構想だ。
なのに、一度として共産党は政権に加わることはなかった。それどころか、現在は「たしかな野党」を看板に、在野で生き残りを画さざるを得ない状況だ。
不破時代の00年には党規約から「前衛政党」「社会主義革命」などの言葉を削り、さらに04年の綱領改定で象徴天皇制や自衛隊の存続を容認した。柔軟路線に少しずつかじを切ってきたのは事実だ。
しかし、閉鎖性の象徴とされる民主集中制は規約に残したままだ。宮本氏から2代後のリーダーの時代になっても、なお「負の遺産」から抜け出せないということなのだろうか。柔軟路線はまだまだ道半ばの感である。
自衛隊の国民監視活動をあばくなどの調査活動。政治腐敗や首相の靖国参拝を批判する論理の鋭さ。いまの共産党が、独自の存在感をもっていることは間違いない。だからこそ、もっと開かれた党になる努力をすべきではないか。社民主義政党への脱皮や党名の変更など、本格的な改革を求める党内の声に耳を傾けるべきだろう。
共産党は民主党を「自民党と同じ」などと批判し、この参院選挙後の連携を否定している。社民党との足並みもそろわない。党員の高齢化が進み、党勢拡大の展望は見えない。いまのままの共産党が「21世紀の早い時期に民主連合政府を実現する」と言っても、現実味を感じる人がどれほどいるだろうか。
共産党が宮本時代を乗り越えるには、さらに思い切った変身が欠かせない。 <
宮本顕治が何者なのか現在の購読者の多くは分からないのではないか?
社説でとりあげるほどの内容か? 「赤旗」ではあるまいし。
朝日新聞に有力なグループがあり社内統制や紙面編成に影響力を持っている。
つまり、この社説は、共産党内の路線闘争と朝日新聞内部の党派闘争を、一般紙の社説の場でやっていることになる。
2、>共産党の宮本顕治・前名誉議長が死去 2007年07月18日20時44分
3、>宮本氏死去、「赤旗」は1面2番手の扱い 2007年07月19日22時11分
朝日新聞人にとってはきわめて大きな出来事だったのである。
たとえば、金日成死去のニュースのような!