早野透ー「朝日」的偽善の象徴
投稿者: moccusboccus 投稿日時: 2004/03/25 10:50 投稿番号: [3460 / 52541]
●2002年11月5日、「朝日新聞」コラム
by早野透
「本人が望むなら北朝鮮にいったん戻してもいいのではないか。いまや日朝間の往来も居住場所もすべて自由に、そして自分達の未来を選ばしめよ。」
この一文を読んだだけで、早野透の人物像が浮かび上がります。また同時に早野透を花形コラムニストとして処遇し続ける「朝日新聞」のイデオロギー的傾向、どのような方向に国民世論を導くかという社としての当面の編集方針も明らかです。
「朝日新聞」は、1945年の敗戦を機にオーナーの村山一族が追放され、「朝日新聞労働組合」と結託した「親中派」の広岡知男、森恭三がクーデター同様に実権を掌握しました。その後、「人民日報」海外版の日本発行代理人でもあった秋岡家栄が、「朝日新聞」紙上で「文化大革命」礼賛の大キャンペーンを張り、本多勝一が「南京大虐殺」を世に広める切っ掛けとなった「中国の旅」の連載を始めたことは御承知のとおりです。さらに「朝日新聞」は、中国の要請に従い「林彪事件」を一年間にわたって否定し続けるなど、事実の報道を心掛けるべきジャーナリスムとしてあるまじき背信行為を繰り返しました。また戦前に「コミンテルン」の指令を受けて日本で活動し、逮捕されて死刑に処せられたゾルゲと、ゾルゲに情報を提供していた尾崎秀実と非常に親しい関係にあった田中慎太郎が「朝日ジャーナル」を創刊し、編集長に筑紫哲也を抜擢しましたが、田中慎太郎と本多勝一との中も、まさに盟友関係というにふさわしい親密なものでした。この「朝日ジャーナル」が廃刊後、後続週刊誌として立ち上げられたのが「週間金曜日」であり、この週刊誌の編集長に黒川宣之を充て、編集委員に本多勝一、筑紫哲也らを配しているのは御存知のことと思います。
また「朝日新聞」には、「親中派」以外にも「親ソ派」の流れもあり、その中心人物は笠信太郎です。さらにお目付け役として左派の元締め的存在の「政治部長」木村伊量が目を光らせており、それをいわゆる「左翼三羽烏」として有名な秦正流、伊藤牧夫、渡辺誠毅という大物達ががっちりとガードするという体制をとっています。
その他、“ポル・ポト派はアジア的優しさを持っている”“新生カンボジアは明るい社会主義”とかの「ポル・ポト派」擁護記事を連載していた元プノンペン支局長和田俊とか、“北朝鮮による拉致事件はデッチアゲ”などのコメントをしきりに繰り返していた「テレ朝」の「江森陽弘モーニングショー」キャスターの江森陽弘なども、もちろん「朝日新聞」の記者出身の人々です。
このような例は枚挙に暇がありませんので、これくらいにしておきますが、「朝日新聞」を検証する際には、以上のようなことも是非参考にして頂きたいものと思います。
これは メッセージ 3459 (kuecoe さん)への返信です.
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