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朝日新聞と村山社主事件の傷跡

投稿者: freiheitjp2007 投稿日時: 2007/03/12 22:44 投稿番号: [34146 / 52541]
こりゃなかなか詳しい。
しっかし、正常化は四代目の甥頼み、となると当分無理かな。



>◆『朝日と読売の火ダルマ時代』:第3章   朝日新聞と村山社主事件の傷跡   (p109)
  <前略>現在の村山長挙氏が、旧岸和田藩主岡部家(当主は長景、当時子爵)から村山家に入婿し、現在の藤子夫人もまた若かった時代には、社業の運営に当たるのは前記の大器、俊秀であって、古い言い方をすれば「君臨すれども統治せず」というか、村山、上野家の存在は全社員に尊敬されつつも、必要以上には経営、編集のことに介入することなく、創業の規定によって、社長、会長の交替制を円満にくり返してきた。
  対立が表面化しはじめたのは、村山長挙が社長となり、社長夫人、およびその一家が年輪を加えて、経営、編集に強く介入しはじめてからのことだ。
1940年に2代目となった村山長挙は入り婿で、初代の実の娘・藤子が辣腕を奮っていた。戦後にGHQに統制を受けたあと、1951年に村山長挙&上野精一コンビが復権し、村山長挙が社長になった1960年からは、社長夫人の横暴が目に余るようになっていた。

◆『朝日と読売の火ダルマ時代』:第3章   朝日新聞と村山社主事件の傷跡   (p118−120)【要約】
1)次女・富美子の夫がホテルとホスピタルを折衷した「ホスピテル」建設を計画し、1963年7月、朝日新聞に2000万円の出資を要請。常務会で反対された村山長挙は、役員会の同意がないまま、朝日新聞の名前で財界で資金集めを開始。
2)「新聞は長女・美知子、印刷&ビル経営は次女・富美子に継がせる」という噂をきっかけに、村山家と永井営業局長(常務)が対立。永井常務の解任追放で、朝日内の「お家騒動」が勃発。
3)村山美知子が専務理事を務める「大阪国際フェスティバル」が垂れ流す赤字(毎年3〜4000万円)の補填のため、朝日新聞から補助金が交付される。
4)村山家の東京、京都、御影の各邸宅の建設で、請負先の竹中工務店への支払いに疑惑。
5)「長女・美知子を役員待遇にせよ」との村山夫人の要求で、1963年7月に美知子が社長室付に。
6)1963年春の「エジプト美術5000年展」で天皇皇后両陛下が参観。両陛下と話しをしようとした村山夫人が宮内庁の係官に制止されたが、夫人は「肋骨を骨折した」と主張、編集局に「宮内庁糾弾キャンペーンをやれ」と命令。

1963年の事件をきっかけに、村山家は経営から排除され、以降は上野家がお行儀のよい「シンボル」として社主を演じることになる。一方、このお家騒動のドサクサに紛れて、朝日内部の「親ソ派」と「親中派」が実権を掌握し、朝日を「中国の友」と言わしめた広岡体制が成立していくことになる。


http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1146995
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