◎現在の国旗国歌の反対者こそ真の愛国者!
投稿者: wakaruhanasikangaeru 投稿日時: 2006/12/28 01:01 投稿番号: [33034 / 52541]
天皇は、日本国の象徴であり(憲法)とする国の①天皇。
国のしるしとして制定する②国旗。
国を愛し讃える③国歌。
しかしこの①②③をそれぞれ具体的にみて考えると、
三つとも国民として讃え、誇りとし、崇敬することに国民の大部分は異論はないと確信したい。またそうあるべきだと思う。
★①のいまのかたちの天皇陛下は、現状のまま、日本人の大多数は肯定でき。納得していると考えられる。
②についてはどうか? 戦前から国旗は国の顔、天皇陛下の御分身とも教えられてきた、その日の丸を日本は半世紀以上まえに、侵略戦争の先頭に掲げてアジア諸国を踏みにじり、大多数の人を旗の名の下に殺戮してきた。
いわばいまの『日の丸』国旗は浅ましい、卑しい当時の戦争を策謀した為政者によってケガされた旗である。
この旗を平和を国是とする国が、なんの罪悪感も抱かずに使用することには、良識ある国民の多くに疑問が有ることは否めない。
いま学校等で起きている問題も、実はいう過去に対する心の傷みから行動で有り、表現ではなかろうか。
国が悪いことをするに錦の御旗とした日の丸に、良心の呵責を覚えるのは極めて人間的な思考で、こういう正常な心の持ち主こそ日本の未来に有用な人と言える。
従って、この日の丸に関して私は、デザイン的にも優れていて素晴らしいし、オリンピック等を通じても世界に広く認知されてもいるので、反対する国民の中にも棄て難い。そう思う人が多いと思う。
そこで、甚だ形式めく行事、あるいは儀式に見えるだろうが、新国旗制定をする代わりに『国旗・平和魂入式』のような行事を、政府国民全員で「国旗禊ぎ式(仮称)」のような国民的大行事を行って欲しかった。
これからでもして欲しい。日の丸旗の魂の入れ換えを行ったということを内外に示してはどうか。コレを是非行って欲しい。
そして日本国として『日の丸』国旗であると世界に宣言するのである。
③については、この歌の『君』は本来『天皇』を指し、『代』は読みの意でもある「世」=国家を指しているのが本来の意味で、
これを受け容れると、日本の国はそのまま天皇が統治施政する国と言うことになり、憲法や国政の実際と相容れない。
そう言う意味でも、『天皇家の歌』という感〜印象が拭いきれない。
天皇が象徴の国だからいいではないか!
そうも言うが、国家の有り体とは多少の矛盾〜無理を禁じ得ない。また過去の為政者の政治的、恣意的発言もこの歌へ逆に疵を付けこそすれ、決して喜ばしい記憶を国民や外国にも与えてはいない。
つまり、本来の「天皇家の歌」としても非常に無礼な、不敬な言い回しと装飾(レトリック(修辞))で疵を付けってしまったのである。
▲君が代は、私としてもは、飽くまで天皇家のお歌としてあのまま、なんのお節介な注釈もせずに、そっとしておくべきであったと思う。天皇自身が勝手な一部の人の修飾、注釈で甚だしくお心に傷を負われたのではないかと、個人的には心が痛む。
というわけで③の国歌に関する限り、私は旧来のいまの歌に注釈を容れた君が代は此の国に相応しくない。天皇家の諸行事に使われる歌としてこれは長く、国宝として残し、新しい生気と元気の漲る、そうちょうな国民歌を国歌として制定すべき、創造すべき時に至っていると思う。
いまの国旗、国歌問題で徒に版に造りをし、国民同士がいがみ合う図は世界にも恥ずかしい。
みんなは、国歌、国旗を愛したい。誇りにしたい。それに相応しくないと思うのが『忌避』させている原因である。私は創価苦心する。
■従って『現在』国旗国歌を崇めたくない。そう言って行動している人は、むしろ黙って汚れた国旗や意味解釈変更の国歌をうっけいれている人々より遥かに愛国心の強い真の『愛国者』である。
★真の愛国者ならこの人達のように厳しく、潔く且つ純粋で有るべきである。★