メディア従事者は、元来「アンポンタン」?
投稿者: orphantasword 投稿日時: 2006/08/10 23:33 投稿番号: [29918 / 52541]
「メディア」関連に就職する人材は、元来「アンポンタン」なのか?
この命題が『真』なら:
その人材達で構成される法人や団体も「アンポンタン」である。
当然の帰結!
この「アンポンタン」の法人等で教育された、元来「アンポンタン」の人材(記者等)が二重否定の様に「マトモ」になるのだろうか?
否!
「マトモ」になると推論することが論理的に誤りで、生粋の「アンポンタン」とすることが妥当である。
的確な例証はないのか?
存!
今日の“アサヒ・コム”に適例が掲載されている。
http://www.asahi.com/politics/update/0810/004.html1.
捏造手法は稚拙:
★
「(8月)15日だろうが4月だろうが10月だろうが1月だろうが、いつ行っても批判してんじゃないですか。いつ行っても同じです。今までの積み重ねの経験ですよ」と述べ、
★
実際に参拝するか否かは「適切に判断」するとした。
この一連の対話から【15日の参拝に重ねて意欲を示した】を挿入する“捏造根性”は流石、「アンポンタンな社内教育」の賜物である。
2. NHKもそうだが特に朝日系は、「展開」や「影響」を不検討。
★
「日本の首相がどこの施設に参拝しようが、批判されるいわれはない。米国と協力すると米国追随、中国が意見が違って協力しないとアジアから孤立する(と批判される)。全然、孤立してませんよ」と語った。
「日本の首相は事前に行動予定表を中国及び韓国政府に申請し、事前の承認を受けるべきだ。」と書くことに「アンポンタン」は誇りを感じているのだろう。
3. 論理が逆:
★
01年総裁選で公約した「8.15参拝」と、
★
首相が02年4月に発表した所感で「終戦記念日やその前後の参拝」にこだわらないとした
こととの整合性を問われると、
【整合性を問う記者が居たはず】、
通常、「“8月15日”は、“8月14日”でも、“8月16日”でもない。
公約の「8.15参拝」は8月15日に参拝することです」とキッパリ戒めるのが「マトモ」記者の行動であるが、「アンポンタン」は逆に理解するようだ。
されば、
「メディアは公約を守らないと批判する。守ると、自分たちの意見に反するものは守らなくていいんじゃないかと批判する」と首相が愚痴っても、至極当然かもしれない。
純粋に「アンポンタン」と思っていたが、一寸して中国や韓国政府から裏で運動資金や待遇をせしめていることはないよね?
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