長野、日本〜国民の馬鹿度に限度なし
投稿者: morinoritabetekennkou 投稿日時: 2006/08/07 14:15 投稿番号: [29875 / 52541]
国民は総体的に賢明であり
相対的に愚かである。
自分という国民自身(私自身)を苦しめる為に出てきた
そういう永年のシステムを通してきた政党や政治家が
何か新しいパフオーマンスを見せるとどっと湧き、ドッと集まる。
明らかにその政治家は国民大衆の為の政治をする気もない組織所属の、
つい最近までやってきた党派の人間なのに、今度はホントにオラがの為にしてくれる。
そう思いこんで支持、投票する。
だがそういう政事屋が国民にしてくれることは、支持を多く取り付ければ取り付けるほど
支持したはずの国民大衆を苦しめる政治をする。支持の多さを権力に置き換えて
国民の上に横柄に君臨する。税金を多く科し、福祉政策は切り捨てる。
いまの小泉政権がそうである。ちょっとの傷みの筈がぬきさしならぬ苦しみに国民を追いやった。
馬鹿な国民は、自分を苦しめてくれる政事屋を選んだのである。
甘い話にコロリと騙される。そして私をもっと苦しめる政治をして頂戴。
とやせこけた首を出しているのである。
国民は総体として愚かな所以である。
長野県民もいまの日本をどう見ているのか、投票に顕れた軽薄が楽園長野を構築するとは思えない。
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