馬鹿度固定観念から一歩も出ない=文章無知
投稿者: nurenura 投稿日時: 2006/05/07 17:00 投稿番号: [28137 / 52541]
★みんなに知らしめるため敢えて今後何度でも出す!★
山猿oldsaltoshima が、文章にチャチャ入れて……滑稽というか多少は
語彙に通暁のつもりか? お前のそれは飽くまでも、お前だけの
既成概念から一歩も出ていない江戸時代のマンマ。
オマエは投稿の意味を知っているのかヤ(笑)?一応ここに投稿することは過去・昔の概念をぶっ壊すのが目的、目標だ。つまり建言。
この建言という語にも説明しろ! かバカヤロー(>_<)
ダラダラでれでれと、1語で終わるトコロをオマエラは文作出来ないで爺の洩れ垂らしションベンで中身のない文書を出してくる。
変換誤、これは当然「リ」が無くて通用する。現に馬鹿なオマエ読めてる(笑)
「何由」という文字を使った意味が分からないのはそこがお前の馬鹿の真価。
これも深化・深過・深度と書いた方が当たっている、オマエのヘナチョコ1000年垢まみれ文はオマエの淺痴意そのものでしかない。
時間がないので説明を省きながら行く。投稿文は誰でも1文字に重層の意を託す。
圧縮、濃縮、凝縮、省略。それら文字を自在に使って投稿する。判るか(畜笑)。
『何由』がなぜオマエは「何故」が正しいと言える。書いた本人が何由と書いたらそれが正しい。
オマエのような馬鹿がピカソの絵を嗤う。直そうとする。くそったれ!
シャガールもマチスもオマエには理解できない。文章も同じだ。
『何由』が何故でない理由は、タンジュンな「何故」の語では尽くせない多くの意をこれに包含したことを意味する。
何由の、何だけで、オマエの指摘する何故を出している。そこに由を入れたのは何故だけでないぞという、読み手に引っかかりを与えておく。
由=故、縁、由、所以、拠。等々、利口ーまたは当たり前の読者はさまざまに想像する。
書き手の1語、一文字で表現できない意を忖度して読む。
ここで書き手と読み手の智度の交換が生まれる。俺の文章を読むにはオマエはハッキリ言って発育不全。むりだ、。
書き手としては敢えて読者にアレルギーを起催せしめ……本人が思考に催してきた反応で結論を下す。
結論は受け手側が書き手の意図に拘束されないようフリーな余幅を残してやる。
つまり書き手は結論を押し付けるのでなく問題提起して置いて、
読んだ者よ、オマエの結論はどう?何じゃ?としておく。
だがこれらはせめて、オマエより頭のいい人間〜普通の人間なら、ああそうか、こう言い対の火。こういうことか。と受け止める。
受け止め方は千差万別ドウでも良い。相手の良識に忖度。期待しての敢えて破調の文章にしたわけだから。
オマエには分からないだろうな。既存の知識、「狂育」から一歩も出でられない。窮屈な石頭のオマエには。
例えば俺がここに「タンジュン」なと、片仮名ガキした意味を馬鹿なオマエは単純と漢字にしたいだろう。
この事一つ、カタカナにした意味さえオマエは推量って答えを出せないだろう。
文章は文字で意を伝える。だがもう一つある。源意=本来の語の意味を縦横に、時に逆手に使って意味の重層化、多層化。
これなくして社会批評、文明批評はムリなのだ。
諧謔に諧謔を重ねる。現物を写真に撮る。それだけの視点でモノを論じるのは江戸時代にもない。
パロデイを識らずに、ナマの文章、語彙の文章辞典通りの解釈で批評が成り立つわけもないし書き尽くせるわけもない。
大宅壮一が何故時代批評の大先生だと言われ、その通りだったかオマエは理解できないだろう。
オマエのは人がそう言ったから。評論家だったから。書くスペースを与えられたから。その程度だろう。
大宅壮一は辞典を無視した。あるいはその辞典を最大限有効に活用した。即ち辞典の中の文字を自分流に組み替え・・・創造ったのだ。
オマエが如何に時代遅れアナクロか、オマエだけじゃない。ときおり文章云々ぬかしているペタンチック下須がいるが所詮コヤツの脳は猿以下。
オマエラ劣等ジャップの虫ケラは、ドダイ投稿なんておこがましい。
たかが1000年程度の読み書きで、中国文字を使いこなせるワケがない。(笑)
それでなくてもアジア最低IQを誇り、無知蒙昧をもって国の宰相としている国。
その下っ端のオマエラは文書・章理解・・・幼痴猿そのものだ。結論は『嗤う』の一語のみ。
これは メッセージ 28125 (oldsaltoshima さん)への返信です.