故意に翻訳調子を変えていないか
投稿者: hiromacs 投稿日時: 2005/08/11 08:29 投稿番号: [20513 / 52541]
8月8日の天声人語に平和記念資料館に置いてある「対話ノート」に書き込んだ米国人の
感想を二通り紹介していた。
「このミュージアムは私の国の間違った行為について私にはっきりと教えてくれました。」
「このミュージアムは、世界平和のための希求よりも、日本人に対する哀れみのための
希求をより印象づけようとしているようだ。」
前者と後者の米国人の感想は異なっているが、それよりも気になったのは
なぜ前者の感想は丁寧語で日本語訳し、後者の感想は丁寧語ではないのか。
前者、「・・・くれました。」
後者、「・・・しているようだ。」
並べてみると、前者の米国人は申し訳なかったという気持ちを持っているように
聞こえ、後者はまるでぞんざいな言い方にも聞こえる。
「・・・しているようでした。」と訳さずに「・・・しているようだ。」と故意に
表現を変えたところに、後者の考え方・感想を悪とする、許さない思いが見える。
平和記念資料館を訪れて反省しない米国人は悪い米国人だということを
印象づけることがこの天声人語の狙いなのか。
これは メッセージ 1 (jjjjjjjjjjjjjjkohe さん)への返信です.
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