>■7月7日■廬溝橋事件から68年■
投稿者: mirokuninoti 投稿日時: 2005/07/13 20:59 投稿番号: [19871 / 52541]
>我々の父祖がでっち上げた廬溝橋事件。
>日本人はその虚偽を自ら糺し、国政最高位の総理大臣が中国政府と、人民に深甚な謝罪を述べ許しを乞うべきである。
へ〜へ〜「虚偽を糾し」ですかい。
私こっちの説採るけど?
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=ffckdca4nc0oahc0uga4&sid=1143582&mid=5199
「盧溝橋事件」は、支那共産党が計画的に行なった事件です。
支那共産党が仕掛けたという一つの根拠は、「七・七事変」という名称そのものです。
彼らが日本軍に発砲したのは7月7日ですが、日本軍が反撃したのは7月8日です。
日本軍を犯人に仕立てたければ、支那共産党は「七・八事変」としなければなりません。
日本軍が7月7日に盧溝橋で行なっていたのは空砲演習であり、しかも、空砲演習にも拘わらずに異例の事前通告をしていた。
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日本側に、冀察政務外交専員の林耕宇から「空砲で演習する場合でも、あらかじめ中国側に通告して欲しい」との要請があり、特務の方で検討する事になりました。
北清議定書では、実弾射撃の場合は通報する事になっていますが、空砲の場合は規定されていません。
「日本だけ勝手に規定を変える事はできない、ここは他の列強と協議してからでなければ」
「しかし、今、不穏なこの時期、間違いがあれば大変な事になる」
「ここは一時的に彼らの要求を通したら」
という事で、『7月6日、7日、9日、10日の4日間、日本軍が盧溝橋の原で昼夜空砲を使って演習する』という通告が、その日の晩に、中国側に通達されました。
1937年7月7日、日本軍は盧溝橋の原で、鉄帽もかぶらず空砲を使って演習していました。
『盧溝橋事件』寺平忠輔著
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これでは、近くに居た支那軍も、日本軍と同じように銃撃を受けたとされるが、「日本軍からの銃撃」とは認識しなかっただろう。
これは メッセージ 19802 (hikarumurasakic さん)への返信です.
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