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28日の惨景社説⇒大爆笑致しました

投稿者: v_2_w 投稿日時: 2005/06/01 14:57 投稿番号: [19099 / 52541]
惨景(産経新聞)新聞は旧日本兵発見に関連する記事を臆面もなく載せまくっておりましたが、すべてがでたらめであることが判明致しましたので、「恥ずかしながら」ここにおわび文を掲載するにいたりましたことを全国民の皆様にお伝えする事となり申した。





<以下は、大爆笑の記事(主張)>
■【主張】旧日本兵生存   故国が持つ引力のすごさ

  戦後六十年という膨大な時間の嵩(かさ)を挟んで、フィリピンのミンダナオ島で旧日本兵二人が生存していたという情報がもたらされた。二人は山岳地帯で終戦を迎えたため、引き揚げ船に間に合わなかったようだ。その後、山岳ゲリラに戦術指導をするなど、思いもよらぬ運命に翻弄(ほんろう)される人生を送った。

  昭和四十七年に米グアム島で見つかった横井庄一さんや、同四十九年フィリピン・ルバング島で見つかった小野田寛郎さんと状況は異なるだろうが、生存という天のはからいに喜びをともにしたいと思うと同時に、故国の土を踏むことのできなかった歳月の長さに心から同情の念を禁じ得ない。

  現地で遺骨収集活動をしていた日本人男性に、地元有力者を通じて「本当にお願いします。お待ちしております   山川   中内」というメッセージが託されたのだったが、わずか七センチ四方の粗末なメモ用紙に弱々しい文字で書かれていた。望郷の念いかばかりであったろう。

  旧日本兵が所属していた第三十師団は「豹(ひょう)師団」の異名を取る精強ぶりで知られたが、ミンダナオ島で地獄絵図のような戦闘を強いられ、八割が戦死か行方不明になったという。

  フィリピン国内にはまだ四十人近い旧日本兵が残っているという情報もある。見つかった二人の年齢が、一人が八十七歳、もう一人も八十五歳ということを考えると、とても悠長に構えてはいられない。当局の迅速な、さらなる調査を望みたい。

  旧日本兵にとって、もとより六十年の空白は埋めるに埋めようがないに違いないが、当局は帰国を望む人には疎漏のない受け入れ態勢を準備すべきであるし、私たちもこの不条理を強いられた気の毒な同胞を温かい心で迎えたいものだ。

  彼らが異国の山岳生活で思い描いたであろう故国の風景は、あるいは「うさぎ追いしかの山、小ぶな釣りしかの川」のようなものであったかもしれない。変貌(へんぼう)著しい今日の日本を見れば、その驚きは想像を絶しよう。

  しかし、風俗や人情は六十年前とは様変わりしていても、人間の魂が帰還することを飢渇するところはその産土(うぶすな)だ。故国とは何という大きな引力を持つものであろうと思う。
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