手塚治虫と「鉄腕アトム」
投稿者: bp_394_7555 投稿日時: 2006/06/24 09:49 投稿番号: [279 / 2154]
『手塚治虫大全1』「ぼくの旅日記」
(以下引用)
昔、アトムのアニメが各国で放映されていたころ、突然韓国の業者が訪れて、ぼくをお礼に韓国旅行に招待したいと言った。
何のことかと思ったらその業者はアニメに便乗してアトムの海賊版を出版し大儲けしたらしい。
そこでぼくに敬意を表してくれたわけである。
「しかし手塚さん、私共のように良心的な業者はほとんど居ませんよ」
良心的な海賊版というのはどういうことなのか、その言いまわしがなんともおかしかった。
(引用終わり)
このエピソードは韓国のパクリ文化の一端を示している。対応した手塚氏のおおらかさを感じる一文だ。
「アトム」について漫画家の高信太郎氏の一文も興味深い
(以下引用)
去年の「韓国音楽友の会」で慶尚道の浦項というところに行きました。
そこには浦項製鉄という東洋一の製鉄所があります。実を言うとそれは日本の新日鉄が、プラント輸出してできた製鉄所なんです。
でも、ぼくらがそこで見せられた浦項製鉄の成り立ちについての映画は、ぜんぶ自分たち
の力でやったことになっていて、日本の「に」の字も出てきません。
「東洋一の製鉄所である。どうだ、まいったか!」という、そればっかりですよ。
それどころか、その浦項製鉄はプロのサッカーチームを持っているんですが
このチームマスコットが、なんと「鉄腕アトム」なんです。
(中略)
きっと手塚先生は、ご存知なかったんでしょうね。また知ってても、ご自分から訴えたりなさらなかったでしょう。でも鉄腕アトムがボールを蹴っている浦項製鉄・プロサッカーチームのキャラクターを見ると、複雑な気持ちになる。
それで日本にきた韓国人が、アトムを見て、
「日本人はけしからん!無断でわれわれのアトムを使っている」なんて言っている
(引用終わり)
「鉄腕アトム」が日本の漫画だと知って衝撃を受けた韓国人
朝鮮日報 2002 10/18 ハム・ソンホ/詩人/建築家
(以下引用)
足の裏から火を噴き出して飛び、へその蓋を開けて、家のコンセントにプラグをつなぎ、エネルギーを供給される。お尻からは機関銃が飛び出し、銃弾を発射する怪力の少年ロボット『少年アトム』を覚えている人は、この漫画を描いた手塚治虫という日本人に、極めて複雑な感情を持っているはずだ。
今は『ポケットモンスター』が日本のアニメだということを承知の上で観ているが、3、40代の人たちは『少年アトム』が1979年までの28年間、日本で連載された『鉄腕アトム』の翻案であったことを知らなかった。『少年アトム』が実は日本の漫画だったという事実に、幼いながら裏切りに近い衝撃を覚えたものだ。
なぜなら、私はホ・ヨンマンの『カクシタル(嫁の仮面)』で代表される対日抗戦の時代劇を観て育った漫画少年だったためだ。
しかし、アトムだけではない。初めて私の神話的想像力を刺激した『火の鳥』や『ジャングル大帝』まで、すべてが日本の漫画だったという事実は、それらが全部韓国の漫画だとばかり思って、耽読していた私を深い劣敗感へと落とし入れた。
これらの漫画が手塚治虫という人の手によって創造されたということを知った時、私は驚愕した。日本の誰かが、韓国に住む一人の少年の幼年時代を支配していたのだ。
(引用終わり)
手塚氏と「鉄腕アトム」の件は日韓における文化に対する考え方の象徴的なエピソード。パクリをパクリとも認識せず、事実を知らされない韓国人と盗用されている事に気付いても抗議しない日本人。文化の素養が育っていない韓国を大目に見ようと考える日本人の善意の解釈が反って韓国を増長させる。韓国人に善意は通用しない。古くからの歴史がそれを物語っている。
ハム・ソンホ氏は、事実に気が付いただけ、まだマシ。
気が付かないかまたは認めたくない人たちが、まだまだたくさんいる。ただ朝鮮人の本質は事実関係がハッキリしても自分に不利なことは絶対に認めない。
事実を認めないということは、道を間違ったまま行く事と同じ。それでは、どこまで行っても望むところへは辿り着けない。
韓国人には世界から認められたいという異常に強い欲求だけが感じられる。
そのためには、自己を冷徹に見つめ事実を認めることが本筋になる。今自分がどの位置にいるかを冷静に判断し、正しい道を確認できなければ、努力は無駄なものになる。
韓国人は認められたいという欲求ばかりが強く先行しているがその為の努力が足りないし、その方法が大きく間違っている。
(以下引用)
昔、アトムのアニメが各国で放映されていたころ、突然韓国の業者が訪れて、ぼくをお礼に韓国旅行に招待したいと言った。
何のことかと思ったらその業者はアニメに便乗してアトムの海賊版を出版し大儲けしたらしい。
そこでぼくに敬意を表してくれたわけである。
「しかし手塚さん、私共のように良心的な業者はほとんど居ませんよ」
良心的な海賊版というのはどういうことなのか、その言いまわしがなんともおかしかった。
(引用終わり)
このエピソードは韓国のパクリ文化の一端を示している。対応した手塚氏のおおらかさを感じる一文だ。
「アトム」について漫画家の高信太郎氏の一文も興味深い
(以下引用)
去年の「韓国音楽友の会」で慶尚道の浦項というところに行きました。
そこには浦項製鉄という東洋一の製鉄所があります。実を言うとそれは日本の新日鉄が、プラント輸出してできた製鉄所なんです。
でも、ぼくらがそこで見せられた浦項製鉄の成り立ちについての映画は、ぜんぶ自分たち
の力でやったことになっていて、日本の「に」の字も出てきません。
「東洋一の製鉄所である。どうだ、まいったか!」という、そればっかりですよ。
それどころか、その浦項製鉄はプロのサッカーチームを持っているんですが
このチームマスコットが、なんと「鉄腕アトム」なんです。
(中略)
きっと手塚先生は、ご存知なかったんでしょうね。また知ってても、ご自分から訴えたりなさらなかったでしょう。でも鉄腕アトムがボールを蹴っている浦項製鉄・プロサッカーチームのキャラクターを見ると、複雑な気持ちになる。
それで日本にきた韓国人が、アトムを見て、
「日本人はけしからん!無断でわれわれのアトムを使っている」なんて言っている
(引用終わり)
「鉄腕アトム」が日本の漫画だと知って衝撃を受けた韓国人
朝鮮日報 2002 10/18 ハム・ソンホ/詩人/建築家
(以下引用)
足の裏から火を噴き出して飛び、へその蓋を開けて、家のコンセントにプラグをつなぎ、エネルギーを供給される。お尻からは機関銃が飛び出し、銃弾を発射する怪力の少年ロボット『少年アトム』を覚えている人は、この漫画を描いた手塚治虫という日本人に、極めて複雑な感情を持っているはずだ。
今は『ポケットモンスター』が日本のアニメだということを承知の上で観ているが、3、40代の人たちは『少年アトム』が1979年までの28年間、日本で連載された『鉄腕アトム』の翻案であったことを知らなかった。『少年アトム』が実は日本の漫画だったという事実に、幼いながら裏切りに近い衝撃を覚えたものだ。
なぜなら、私はホ・ヨンマンの『カクシタル(嫁の仮面)』で代表される対日抗戦の時代劇を観て育った漫画少年だったためだ。
しかし、アトムだけではない。初めて私の神話的想像力を刺激した『火の鳥』や『ジャングル大帝』まで、すべてが日本の漫画だったという事実は、それらが全部韓国の漫画だとばかり思って、耽読していた私を深い劣敗感へと落とし入れた。
これらの漫画が手塚治虫という人の手によって創造されたということを知った時、私は驚愕した。日本の誰かが、韓国に住む一人の少年の幼年時代を支配していたのだ。
(引用終わり)
手塚氏と「鉄腕アトム」の件は日韓における文化に対する考え方の象徴的なエピソード。パクリをパクリとも認識せず、事実を知らされない韓国人と盗用されている事に気付いても抗議しない日本人。文化の素養が育っていない韓国を大目に見ようと考える日本人の善意の解釈が反って韓国を増長させる。韓国人に善意は通用しない。古くからの歴史がそれを物語っている。
ハム・ソンホ氏は、事実に気が付いただけ、まだマシ。
気が付かないかまたは認めたくない人たちが、まだまだたくさんいる。ただ朝鮮人の本質は事実関係がハッキリしても自分に不利なことは絶対に認めない。
事実を認めないということは、道を間違ったまま行く事と同じ。それでは、どこまで行っても望むところへは辿り着けない。
韓国人には世界から認められたいという異常に強い欲求だけが感じられる。
そのためには、自己を冷徹に見つめ事実を認めることが本筋になる。今自分がどの位置にいるかを冷静に判断し、正しい道を確認できなければ、努力は無駄なものになる。
韓国人は認められたいという欲求ばかりが強く先行しているがその為の努力が足りないし、その方法が大きく間違っている。
これは メッセージ 1 (zak_k_OO02 さん)への返信です.