朝鮮通信使 16
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/07/10 17:03 投稿番号: [330 / 402]
昨日はアゲなくてはと思っていたが、忘れてしまった。アゲてもらってどうも。
訂正
誤>あの事件の元凶麻原彰晃も日本人の血が一滴も流れていない風呂嫌いな朝鮮人だった。
正=あの事件の元凶麻原彰晃の父親も・・。
でした。
動物にとって視覚・聴覚・嗅覚は脳に直結し、外部の情報を収集し判断する非常に重要な感覚だ。だから種々それぞれに生存に必用な感覚を磨き上げ特化してきた。猫の聴力範囲は人間の6倍、また上空から獲物を狙う鷹は保護色で守られた野ネズミを見逃さない視力を持つ。しかし人間は脳を巨大化させることによって原始的な能力は必要性を減じ、現在のカテゴリーに至った。
臭覚をいえば、犬は麻薬を嗅ぎ分け、スカンクの噴出するガスは人間を昏倒させるほどの威力を持つ。しかし犬が麻薬に溺れたりスカンクが自分の屁で悶絶することはない。
いわば慣れなのであろうが、人種間にも臭いのカテゴリーは存在するようだ。
たとえば韓国人が死ぬほど食べるキムチだが、日本の朝餉にあれほどふさわしくない匂いはない。日本の和朝食は、台所から漂う味噌汁の匂いがいわば国民臭だが、そこにキムチが一鉢加わっただけで大和の国の静謐はぶち壊される。経験を言えば、エレベーターの中や混雑している機内で韓国人に遭遇したとき悲劇が起きる。キムチを食べていないか、食べていても韓国人ほど大量でない人は即座に目が乾き、後に血走り、舌はのどに巻き上がり気道をふさぐ。脂汗は背中を伝い精神状態は乱れ自暴自棄になる。やがて失見当識に至り一度認めた浮気も否定し借金も返したくなくなるのだ。しかし韓国人は平気だ。ニコニコと話しかけてきたりもする。
江戸時代は特に、日本の町々の清潔度は世界の大都市の中で群を抜いていた。ただ庶民のあいだに皮膚病が蔓延していたことが、たとえばシェリーマンの紀行文にみられることも記さなければ公平ではないだろう。たぶん細菌性の流行り病だったのだろう。
それでも江戸時代にし尿も生ごみも栽培食物に還元することで自己完結を果たしていたことは驚異的である。し尿は、時には金を払っても百姓が引き取って肥溜めで発酵させ良質の肥料とした。生ごみは農地に鋤き、藁をかぶせて地温を上げ、バクテリアに分解された残飯は地力を回復した。ちなみに欧州の同じころは3年に1度は田畑を休耕させなければならなかった。
このように都市の汚れを合理的に処理した例は世界中にない。見事な庶民の知恵である。
その江戸を(前回)通信使はこう記す。
「左側には家が連なり、右側には海が広がっている。
山は全く見えず、肥沃な土地が無限に広がっている。
楼閣や屋敷の贅沢さ、人々の賑わい、男女の華やかさ、城壁の美しさ、橋や船…。
全てが大阪や京都より三倍は優っている。
この素晴らしさを文章で表現する事は、私の才能では不可能だ。
女性の美しさと華やかさは名古屋と同じだ。」
朝鮮通信使の驚きは江戸で頂点に達したようだが、自国はどんな状態だったのか、かの国の清潔度や臭気耐性を計るに、これより百数十年も後に日本の役人がソウルを訪れて印象を残したものがあるが、併記してみよう。
宮本小一外務大丞、朝鮮国京城に行く
途中の各官庁には風呂というものが無かったが、ここ清水館では日本人のために風呂場が新たに作ってあった。
その広さ10坪ほど。湯を汲み入れて使うが、頗る爽快であった。
また、便所も数箇所仮設してあった。これも日本人のために作ったと言う。しかし粗末な藁葺きで不潔であった。
途中の宿には敷地の一隅に便所が設けられていたが、頗る不潔で堪え難かった。また、部屋に銅製の蓋付きの缶があり、通常はこれで用足しをするという。
普通、朝鮮人民の家には便所がないとも言う。そのためか、いたる所で糞尿の臭気が甚だしく数万の蒼蝿が舞い、部屋にも満ちて煩わしく、耐えられない位である。雨が降る日だけ臭気が治まった。
ここでは蚊および蚤はまれであった。しかし、浅間艦から士官3人が連絡のために仁川から来たときに民家に宿泊したが、夥しい蚊と蚤のために、ついに一睡も出来なかったと言う。
日本人のためにこのように浴房を設け、数箇所の便所を作ってあるが、これは京城近傍では奇なる風景だと言う。 」
汚物は臭いの元凶だ。糞尿も生ごみも路上に投げ放題の大陸城塞都市はとてつもなく不潔で悪臭に満ちていた。もちろん入浴の習慣もない。
一方、江戸時代の銭湯はローマ風呂のように庶民に根付いていた。
つづく
訂正
誤>あの事件の元凶麻原彰晃も日本人の血が一滴も流れていない風呂嫌いな朝鮮人だった。
正=あの事件の元凶麻原彰晃の父親も・・。
でした。
動物にとって視覚・聴覚・嗅覚は脳に直結し、外部の情報を収集し判断する非常に重要な感覚だ。だから種々それぞれに生存に必用な感覚を磨き上げ特化してきた。猫の聴力範囲は人間の6倍、また上空から獲物を狙う鷹は保護色で守られた野ネズミを見逃さない視力を持つ。しかし人間は脳を巨大化させることによって原始的な能力は必要性を減じ、現在のカテゴリーに至った。
臭覚をいえば、犬は麻薬を嗅ぎ分け、スカンクの噴出するガスは人間を昏倒させるほどの威力を持つ。しかし犬が麻薬に溺れたりスカンクが自分の屁で悶絶することはない。
いわば慣れなのであろうが、人種間にも臭いのカテゴリーは存在するようだ。
たとえば韓国人が死ぬほど食べるキムチだが、日本の朝餉にあれほどふさわしくない匂いはない。日本の和朝食は、台所から漂う味噌汁の匂いがいわば国民臭だが、そこにキムチが一鉢加わっただけで大和の国の静謐はぶち壊される。経験を言えば、エレベーターの中や混雑している機内で韓国人に遭遇したとき悲劇が起きる。キムチを食べていないか、食べていても韓国人ほど大量でない人は即座に目が乾き、後に血走り、舌はのどに巻き上がり気道をふさぐ。脂汗は背中を伝い精神状態は乱れ自暴自棄になる。やがて失見当識に至り一度認めた浮気も否定し借金も返したくなくなるのだ。しかし韓国人は平気だ。ニコニコと話しかけてきたりもする。
江戸時代は特に、日本の町々の清潔度は世界の大都市の中で群を抜いていた。ただ庶民のあいだに皮膚病が蔓延していたことが、たとえばシェリーマンの紀行文にみられることも記さなければ公平ではないだろう。たぶん細菌性の流行り病だったのだろう。
それでも江戸時代にし尿も生ごみも栽培食物に還元することで自己完結を果たしていたことは驚異的である。し尿は、時には金を払っても百姓が引き取って肥溜めで発酵させ良質の肥料とした。生ごみは農地に鋤き、藁をかぶせて地温を上げ、バクテリアに分解された残飯は地力を回復した。ちなみに欧州の同じころは3年に1度は田畑を休耕させなければならなかった。
このように都市の汚れを合理的に処理した例は世界中にない。見事な庶民の知恵である。
その江戸を(前回)通信使はこう記す。
「左側には家が連なり、右側には海が広がっている。
山は全く見えず、肥沃な土地が無限に広がっている。
楼閣や屋敷の贅沢さ、人々の賑わい、男女の華やかさ、城壁の美しさ、橋や船…。
全てが大阪や京都より三倍は優っている。
この素晴らしさを文章で表現する事は、私の才能では不可能だ。
女性の美しさと華やかさは名古屋と同じだ。」
朝鮮通信使の驚きは江戸で頂点に達したようだが、自国はどんな状態だったのか、かの国の清潔度や臭気耐性を計るに、これより百数十年も後に日本の役人がソウルを訪れて印象を残したものがあるが、併記してみよう。
宮本小一外務大丞、朝鮮国京城に行く
途中の各官庁には風呂というものが無かったが、ここ清水館では日本人のために風呂場が新たに作ってあった。
その広さ10坪ほど。湯を汲み入れて使うが、頗る爽快であった。
また、便所も数箇所仮設してあった。これも日本人のために作ったと言う。しかし粗末な藁葺きで不潔であった。
途中の宿には敷地の一隅に便所が設けられていたが、頗る不潔で堪え難かった。また、部屋に銅製の蓋付きの缶があり、通常はこれで用足しをするという。
普通、朝鮮人民の家には便所がないとも言う。そのためか、いたる所で糞尿の臭気が甚だしく数万の蒼蝿が舞い、部屋にも満ちて煩わしく、耐えられない位である。雨が降る日だけ臭気が治まった。
ここでは蚊および蚤はまれであった。しかし、浅間艦から士官3人が連絡のために仁川から来たときに民家に宿泊したが、夥しい蚊と蚤のために、ついに一睡も出来なかったと言う。
日本人のためにこのように浴房を設け、数箇所の便所を作ってあるが、これは京城近傍では奇なる風景だと言う。 」
汚物は臭いの元凶だ。糞尿も生ごみも路上に投げ放題の大陸城塞都市はとてつもなく不潔で悪臭に満ちていた。もちろん入浴の習慣もない。
一方、江戸時代の銭湯はローマ風呂のように庶民に根付いていた。
つづく
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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