もう少しオランダという国
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/09/27 01:43 投稿番号: [184 / 402]
ちなみにオランダがインドネシアから撤退する条件とした60億ドルは、共和国独立承認後にスカルノ政権がこの要求をきっぱり御破算とした。独立してしまえばこっちのもの、このくらいの『不誠実=二枚舌』は国際政治の潤滑油でさえあろう。
言うまでもないがスカルノやハッタは政治犯としてオランダ人に牢につながれていたものを日本軍が進駐後直ちに開放した独立の闘士だ。
オランダの日本に対する『賠償』は、国土が焦土と化した日本にその能力がないとみられ、また第1次欧州大戦後のドイツに対する苛酷な取立てがヒトラーを生み出したとの反省から、連合国側は金額での賠償を大方放棄する。オランダも従わざるを得ないが、これが彼らに我慢が出来ない。別個に『日蘭議定書』という2国間協定を締結し、日本は『見舞金』名目で1000万ドル(現在の価値で1400億円ほど)を支払い「決着」する。
その第三条には、「オランダ王国政府は、同政府又はオランダ国民が第二次世界大戦の間に、日本国政府の機関が{オランダ国民}に与えた苦痛について、いかなる請求をも日本国政府に対して提起しないことを確認する」と明記されている。
であるのに1990年、オランダで対日道義的債務基金(JES)なる組織が結成され、{個人補償}は別だと、日本政府に対して法的責任を認めて一人当たり約2万ドルの補償を求める運動がはじまった。これに対し森政権は正論を持って反論せず、「国民的な償いの気持ちをあらわすために」として2億5500万円を支払った。習い性となった日本政府の手管である。政党も長年安泰が続けば他の組織と同様官僚主義的になる。
しかし、吝嗇な国民性をむしろ誇る文化を持つオランダは、事をこれで収めるつもりはないのである。
2007年、第2次大戦中の従軍慰安婦問題でオランダ下院本会議は9日までに、
日本政府の対応を非難し、元慰安婦の女性らへの謝罪、賠償などを求める決議案を全会一致で採択した。
決議は、日本政府に
(1)従軍慰安婦問題の全責任を認め、謝罪すること
(2)元慰安婦女性に損害賠償を行うこと−などを求めた。
このようにしつこく、しつこく西洋乞食のごとく償いを要求するオランダは、350年間も虐げ搾取したインドネシアに対してはどう振舞ったか。
1995年、オランダ女王がインドネシアを訪問した際、謝罪をするどころか「植民地支配は互恵的であった」とのスピーチをなして、インドネシア人民を大いに憤慨させたのである。
これを忘れないインドネシアのマスコミは2005年の独立記念日にオランダ外相を迎えるにあたって、次のような意見を載せた。
「日本政府は、1958年に賠償と援助で8億ドルを出してくれた。ハッタ副大統領は“日本軍はインドネシア独立の恩人だから、賠償という名称は不適当だ。独立達成を記念する祝賀金として戴く”と言っていた。日本政府が3年半の占領の分として8億ドル払ってくれたのだから、オランダは350年分の賠償として800億ドル支払うべきだ。それに独立戦争の死者は80万人だから、一人当たりの補償金を1万ドルとすれば80億ドル、10万ドルとすれば800億ドルになる。つまり、オランダは最低1600億ドルぐらいは支払うべきである。その前に、まず女王に謝罪してもらいたい。」
しかしインドネシアを公式訪問したオランダ外相のステートメントは、終戦=1945年以後の再侵略行為に対しては遺憾の意を表明したが、それ以前の350年間については、『未開人に西洋文化の恩恵を施した』という女王以下オランダ国民の総意から一歩も踏み出すものではなかった。
余談だが、彼らオランダ人の国民性は数ある西洋諸国の中でも際立って日本人のそれと相違がある。
オランダ人の有機的な人間関係を拒否した合理性は実に楽しくない。ダッチアカウントというのは自分の食べたものだけ払うという行為で、日本人の割り勘とは違う。気軽におごってやると、『下心』を探られることになる。
加えて、ダッチワイフという世界語もある。「飾り窓の女」というフレーズからわれらが抱く情景は、所詮詩人の旅情が紡いだ幻想としか思えない。彼女たちとのひと時はあくまでも合理的で無機的で、しかしながら最終目的は達成するという、いわゆるダッチワイフなのだろう。
言うまでもないがスカルノやハッタは政治犯としてオランダ人に牢につながれていたものを日本軍が進駐後直ちに開放した独立の闘士だ。
オランダの日本に対する『賠償』は、国土が焦土と化した日本にその能力がないとみられ、また第1次欧州大戦後のドイツに対する苛酷な取立てがヒトラーを生み出したとの反省から、連合国側は金額での賠償を大方放棄する。オランダも従わざるを得ないが、これが彼らに我慢が出来ない。別個に『日蘭議定書』という2国間協定を締結し、日本は『見舞金』名目で1000万ドル(現在の価値で1400億円ほど)を支払い「決着」する。
その第三条には、「オランダ王国政府は、同政府又はオランダ国民が第二次世界大戦の間に、日本国政府の機関が{オランダ国民}に与えた苦痛について、いかなる請求をも日本国政府に対して提起しないことを確認する」と明記されている。
であるのに1990年、オランダで対日道義的債務基金(JES)なる組織が結成され、{個人補償}は別だと、日本政府に対して法的責任を認めて一人当たり約2万ドルの補償を求める運動がはじまった。これに対し森政権は正論を持って反論せず、「国民的な償いの気持ちをあらわすために」として2億5500万円を支払った。習い性となった日本政府の手管である。政党も長年安泰が続けば他の組織と同様官僚主義的になる。
しかし、吝嗇な国民性をむしろ誇る文化を持つオランダは、事をこれで収めるつもりはないのである。
2007年、第2次大戦中の従軍慰安婦問題でオランダ下院本会議は9日までに、
日本政府の対応を非難し、元慰安婦の女性らへの謝罪、賠償などを求める決議案を全会一致で採択した。
決議は、日本政府に
(1)従軍慰安婦問題の全責任を認め、謝罪すること
(2)元慰安婦女性に損害賠償を行うこと−などを求めた。
このようにしつこく、しつこく西洋乞食のごとく償いを要求するオランダは、350年間も虐げ搾取したインドネシアに対してはどう振舞ったか。
1995年、オランダ女王がインドネシアを訪問した際、謝罪をするどころか「植民地支配は互恵的であった」とのスピーチをなして、インドネシア人民を大いに憤慨させたのである。
これを忘れないインドネシアのマスコミは2005年の独立記念日にオランダ外相を迎えるにあたって、次のような意見を載せた。
「日本政府は、1958年に賠償と援助で8億ドルを出してくれた。ハッタ副大統領は“日本軍はインドネシア独立の恩人だから、賠償という名称は不適当だ。独立達成を記念する祝賀金として戴く”と言っていた。日本政府が3年半の占領の分として8億ドル払ってくれたのだから、オランダは350年分の賠償として800億ドル支払うべきだ。それに独立戦争の死者は80万人だから、一人当たりの補償金を1万ドルとすれば80億ドル、10万ドルとすれば800億ドルになる。つまり、オランダは最低1600億ドルぐらいは支払うべきである。その前に、まず女王に謝罪してもらいたい。」
しかしインドネシアを公式訪問したオランダ外相のステートメントは、終戦=1945年以後の再侵略行為に対しては遺憾の意を表明したが、それ以前の350年間については、『未開人に西洋文化の恩恵を施した』という女王以下オランダ国民の総意から一歩も踏み出すものではなかった。
余談だが、彼らオランダ人の国民性は数ある西洋諸国の中でも際立って日本人のそれと相違がある。
オランダ人の有機的な人間関係を拒否した合理性は実に楽しくない。ダッチアカウントというのは自分の食べたものだけ払うという行為で、日本人の割り勘とは違う。気軽におごってやると、『下心』を探られることになる。
加えて、ダッチワイフという世界語もある。「飾り窓の女」というフレーズからわれらが抱く情景は、所詮詩人の旅情が紡いだ幻想としか思えない。彼女たちとのひと時はあくまでも合理的で無機的で、しかしながら最終目的は達成するという、いわゆるダッチワイフなのだろう。
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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