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オランダという国 3

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/09/20 13:39 投稿番号: [181 / 402]
実際にインドネシアで日本軍に抑留されたオランダ人である筆者はこうも書く。
「日本軍抑留所を体験したオランダ人がいまだに耐えがたいとするものは何かというと、自分たちより“劣等の人種”に恥をかかされたということなのだ。他の白色人種にやっつけられたのならまだしも、“非西洋の侵略者”に征服されるとは、これこそ耐えられないことなのである。植民地体制というものは、われわれは“非西洋の”民族より優れているという考え方にあぐらをかいて、優れた者が劣る者を支配するのは当然の権利としている。
ところが自分たちは畏敬の念をもって見られ、劣等のアジア民族に君臨する無敵の支配者だとうぬぼれていた東インドのオランダ軍は、思いがけずもアジア民族にあっけなく粉砕される─8日間持ちこたえただけで、羽根のように吹き飛ばされるという不面目な壊滅ぶりだった。そして突然、自分たちは優等人種だという大いなる自負も偽りと欺瞞でしかなかったというオランダ人の本性がさらけだされる。いまや立場の変わった日本人は、機会あるごとにそれをオランダ人に思い知らせることに余念がなかった。これが現地にいたオランダ人にとって耐え難いことだったのだ。」

しかし、戦機如何ともしがたく、日本は敗戦を受け入れる。
「東亜解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ、遺憾ノ意ヲ表セザルヲ得ズ」昭和天皇の終戦の詔勅の一節である。

日本軍が降伏した1945年8月15日の二日後の17日、スカルノとハッタは
すかさず独立宣言を行う。18日には、インドネシア共和国憲法を採択し、それぞれ大統領、副大統領に就任した。
しかしイギリスとオランダは植民地の復活を狙い、連合軍が再進駐するまで日本軍に治安の維持を命じる。民族主義者の集会、民族旗の形容を阻止するため武器を持ってインドネシア人に対応せよと命じる。所詮日本人の「心」を知らない奴らなのだ。

インドネシア側は独立戦争に備えるために日本軍が保有している武器が絶対必要であった。今まで日本軍に協力してきたインドネシア人幹部達は、必死に日本軍に支援を訴えた。

応えて、中部ジャワ地区の馬淵逸雄少将は廃兵器処理の許可を得るやそれを拡大解釈しトラック何台分もの武器をチレボン河原に放棄した。待機していたインドネシア側がこれをごっそり手に入れたのは言うまでもない。
こうした日本軍の「作為」でインドネシア側に、小銃3万5千挺、戦車、装甲車、自動車など200台、中小口径砲など多数と、ジャワの日本陸軍の装備の半分以上が手渡された。

意気揚々と「凱旋」してきた英蘭軍はインドネシア共和国軍と地元住民の激しい抵抗に会い面食らう。
日本人に軍訓練を叩き込まれたインドネシア共和国軍はオランダごときにとって手に余る相手になっていた。
最終的に英蘭軍が投入した兵力12万あまり。特にオランダは「奪還」に執着する。ゲリラ戦を含む過酷な戦いは4年半続いた。
「大東亜開放」を旗幟に戦ってきた日本兵のうちでは、あるいは現地に残り、あるいはいったん日本に帰国した後わざわざ舞い戻り、インドネシア共和国軍に合流し、指揮を執り先頭に立って英蘭軍と戦う。その数1000−2000人、内400人ほどが戦死したとされる。

英蘭軍は都市への無差別爆撃も敢行し、80万の戦死者の大半はインドネシア人といわれる。他に1000万人が負傷した。
さすがに見かねた米国がマーシャルプランの打ち切りを持ち出し、オランダはインドネシア植民地を手放すことに渋々同意する。

しかし彼らはいじましいとも言える狡知を発揮する。
インドネシアの独立を許すにあたっては、まずその代償として、インドネシアはオランダに対して60億ドルを支払うこと、オランダ人がインドネシアに所有してきた農場などの土地財産は保全すること、スマトラ油田を開発するのにかかった費用は弁済することなどを条件とした。

大陸という過酷な生存条件の中で生き抜いてきた彼らの面の皮は日本人の想像を絶するほど厚い。硬皮に硬皮が重なってもはや鉄仮面状態になっているのだ。
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