Re: 反日トピを無視しましょう。エッ、横
投稿者: w_kouji_1 投稿日時: 2009/05/09 23:31 投稿番号: [5306 / 7638]
この件に関し、次の記事を読んでどう思われるかですが・・・
「凶悪犯罪起きれば犯人はチョウセンジン」〜戦後日本の「狂気」に筆を持って「抗弁」(2chより抜粋)
▲筆者が東京マッカーサー司令部の軍務員(DAC) ‘K. M. CHUNG’の名前で初めて投稿した文‘コリアンのための抗弁’ が載せられた英字新聞<ジャパン タイムズ>の1951年3月28日付新聞。
・・・東京築地のあるラーメン屋を襲った殺人強盗事件でしたが、犯人は主人の家族を斧で惨殺しその死体をバラバラにしたおぞましい事件でした。事件の発生日は51年2月23日ですね。この事件について<朝日新聞>(2月24日付)は、その家の使用人山口という者の証言により‘夜遅く侵入した犯人は長髪で顔が長い27〜28才の男だったが、濁音の発音が不自然な点から見て日本人ではなかったようだった’ という記事を報道したのです。
同じ日の<毎日新聞>記事はより一層具体的で、山口が夜遅く小便をしに階段を降りると、26〜27才の体格ががっしりした男がいたが、見たのは後ろ姿だけなので顔はよく見なかったけれど頬骨が飛び出していて顔色は青黒い点から見て犯人はチョウセンジンだったようだという文を大扉ほどの活字で報道したのです。
山口の証言が<朝日>と<毎日>に報道されるや、東京の各新聞は「頬骨が飛び出していて顔は青黒く、その上濁音発音が異常なチョウセンジン」を捜し出すのに狂的といっていいほど熱を上げました。こういう種類の事件が発生すれば当然に識者と言われる人々のコメントが載せられますが、その中には「このように残忍な犯罪は日本人ではありえない」というのもありました。
この騒乱の中で私自身は言うまでもなく在日朝鮮人たちが南北を問わずどれほど戦々恐々と身の置きばを知らない毎日を送ったか想像してみて下さい。ところが、事件発生後17日ぶりに犯人が捕まりましたが、あきれたことに事件の証人としてメディアの脚光を浴びていた山口本人だったのですね。彼はもちろん日本人でした。
あまりにとんでもなくて沸き立つ痛憤をこらえる方法がなく、すぐに筆を執って<ジャパンタイムズ>投稿欄に文を書いて送らずにいられませんでした。<朝日>や<毎日>ではなく英字紙に英文の手紙を送った理由は、昔ナチスドイツが自分たちアーリア民族は支配民族として選択された特殊な民族で、そのような選民思想を強調するためにユダヤ人たちを賎民として迫害したように、日本民族は天から降りた天孫民族で、反対に朝鮮人は生まれつき賎民に生まれた劣等民族だという点を米占領軍当局に納得させようとするために日本政府が先に立って騒ぎ立てる姿が私の目にはありありと見えたためでした。
その投稿は ‘コリアンのための抗弁’(Koreans Defended)という表題で51年3月28日付のその新聞に載せられました。今顧みれば韓国戦争初期の新聞に投稿したその文が、20年後の70年、私が亡命者として日本にきて展開することになる文筆活動の最初になったと言えるでしょう。
チョン・ギョンモ在日統一運動家
ソース:ハンギョレ新聞(韓国語) [道を探して]日本の ‘狂気’ に筆を持ち ‘抗弁’
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/353740.html
「凶悪犯罪起きれば犯人はチョウセンジン」〜戦後日本の「狂気」に筆を持って「抗弁」(2chより抜粋)
▲筆者が東京マッカーサー司令部の軍務員(DAC) ‘K. M. CHUNG’の名前で初めて投稿した文‘コリアンのための抗弁’ が載せられた英字新聞<ジャパン タイムズ>の1951年3月28日付新聞。
・・・東京築地のあるラーメン屋を襲った殺人強盗事件でしたが、犯人は主人の家族を斧で惨殺しその死体をバラバラにしたおぞましい事件でした。事件の発生日は51年2月23日ですね。この事件について<朝日新聞>(2月24日付)は、その家の使用人山口という者の証言により‘夜遅く侵入した犯人は長髪で顔が長い27〜28才の男だったが、濁音の発音が不自然な点から見て日本人ではなかったようだった’ という記事を報道したのです。
同じ日の<毎日新聞>記事はより一層具体的で、山口が夜遅く小便をしに階段を降りると、26〜27才の体格ががっしりした男がいたが、見たのは後ろ姿だけなので顔はよく見なかったけれど頬骨が飛び出していて顔色は青黒い点から見て犯人はチョウセンジンだったようだという文を大扉ほどの活字で報道したのです。
山口の証言が<朝日>と<毎日>に報道されるや、東京の各新聞は「頬骨が飛び出していて顔は青黒く、その上濁音発音が異常なチョウセンジン」を捜し出すのに狂的といっていいほど熱を上げました。こういう種類の事件が発生すれば当然に識者と言われる人々のコメントが載せられますが、その中には「このように残忍な犯罪は日本人ではありえない」というのもありました。
この騒乱の中で私自身は言うまでもなく在日朝鮮人たちが南北を問わずどれほど戦々恐々と身の置きばを知らない毎日を送ったか想像してみて下さい。ところが、事件発生後17日ぶりに犯人が捕まりましたが、あきれたことに事件の証人としてメディアの脚光を浴びていた山口本人だったのですね。彼はもちろん日本人でした。
あまりにとんでもなくて沸き立つ痛憤をこらえる方法がなく、すぐに筆を執って<ジャパンタイムズ>投稿欄に文を書いて送らずにいられませんでした。<朝日>や<毎日>ではなく英字紙に英文の手紙を送った理由は、昔ナチスドイツが自分たちアーリア民族は支配民族として選択された特殊な民族で、そのような選民思想を強調するためにユダヤ人たちを賎民として迫害したように、日本民族は天から降りた天孫民族で、反対に朝鮮人は生まれつき賎民に生まれた劣等民族だという点を米占領軍当局に納得させようとするために日本政府が先に立って騒ぎ立てる姿が私の目にはありありと見えたためでした。
その投稿は ‘コリアンのための抗弁’(Koreans Defended)という表題で51年3月28日付のその新聞に載せられました。今顧みれば韓国戦争初期の新聞に投稿したその文が、20年後の70年、私が亡命者として日本にきて展開することになる文筆活動の最初になったと言えるでしょう。
チョン・ギョンモ在日統一運動家
ソース:ハンギョレ新聞(韓国語) [道を探して]日本の ‘狂気’ に筆を持ち ‘抗弁’
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/353740.html
これは メッセージ 5305 (ouka1gou さん)への返信です.
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