体言止めはなぜいけないの?
投稿者: gsxl200kaii_2 投稿日時: 2007/07/06 17:07 投稿番号: [2421 / 7638]
∩___∩
| ノ ヽ
/ ● ● |_
| ( _●_) ミ \ < おれよりも優れた文章表現の先生が
彡、 |∪| / i こんなこと言ってるよ
/ __ ヽノ / | |
(___) / 〈 }
/ | ノ
U ̄
■体言止めはなぜいけないの?
2次試験対策の解答で、体言止めをよく見かけます。また、何度アドバイスをしても、
頑なに体言止めを使い続ける方がいらっしゃいます。
そこで今日は、体言止めがなぜいけないのかをお話しします。
論文では、原則として体言止めは使いません。
一般的な論文指導では、体言止めを使わないよう厳しく教育されます。
なぜなら、体言止めは、書き手の考え方を読み手に理解させようとする場面には向かない表現だからです。
体言止めの起源は、和歌や俳諧などで、余情や詠嘆を表すことにあります。
しかし、論文の目的は、書き手の考え方を論じきわめることなので、
解釈や結論を読み手に委ねてはならないのです。また、ぶっきらぼうな印象になるので、
「評価者に読んでもらう文章」としても不適切です。
【例文】
A社の課題は、環境問題への対応。
この文章を書いた人は、何を言いたいのでしょうか? 現代社会の情勢を考えれば、
「環境問題への対応である。」と読むべきかもしれません。
しかし、A社の個別の状況によっては、「環境問題への対応ではない。」と読むべきかもしれません。あるいは、書き手の真意は、「環境問題への対応だと言ってよいのかどうか、私にはわからない。」かもしれません。
書き手は、「環境問題への対応である。」のつもりで書いていたとしましょう。
しかし、「環境問題への対応ではない。」と読んだ人がいたとしても、文句は言えません。
広く一般に認知されていることを論じるだけならば、体言止めを使ったとしても、
読み手は高い確率で、書き手の思惑どおりに解釈するでしょう。
しかし論文は、一般の人が納得できていないことや、一般の人が気づいていないことを理解させるためのものです。
ですから、意味が不明瞭な文章を書くべきではありません。
ぶっきらぼうな印象で、意味が不明瞭な文章を、
「体言止めはすべきでないと教育されている評価者」に読ませようとするならば、
低く評価されても仕方がありません。論文の評価者が体言止めの文章を読むと、
「どうとでも読める文章を書いておきながら、書き手の思惑どおりに解釈しろとは、なんて傲慢なんだ!」
という感想を持つのです。
試験での例外は、設問で「挙げよ。」と問うている場合のみです。
この場合は、出題者が想定している統一見解のもとに、要素だけを列挙すればよいので、
体言止めであっても文意を把握しやすいため、許容されます。
何となく文章を書いていた方は、読み手の立場になって書いてみましょう。
http://www.tbcg.co.jp/cgi-bin/message/ok.cgi?action=showlast&cat=33&txtnumber=log
∩___∩
(ヽ | ノ ヽ /)
(((i ) / (゚) (゚) | ( i))) 読み手の立場になって書いてみましょうネ♪
/∠彡 ( _●_) |_ゝ \ おバカさん
( ___、 |∪| ,__ )
| ヽノ /´
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三 | /
| -―'' ̄ ̄ ヽ
ゝ __,,-―'、 \
三 __/ / \ \_/|
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| ノ ヽ
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彡、 |∪| / i こんなこと言ってるよ
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■体言止めはなぜいけないの?
2次試験対策の解答で、体言止めをよく見かけます。また、何度アドバイスをしても、
頑なに体言止めを使い続ける方がいらっしゃいます。
そこで今日は、体言止めがなぜいけないのかをお話しします。
論文では、原則として体言止めは使いません。
一般的な論文指導では、体言止めを使わないよう厳しく教育されます。
なぜなら、体言止めは、書き手の考え方を読み手に理解させようとする場面には向かない表現だからです。
体言止めの起源は、和歌や俳諧などで、余情や詠嘆を表すことにあります。
しかし、論文の目的は、書き手の考え方を論じきわめることなので、
解釈や結論を読み手に委ねてはならないのです。また、ぶっきらぼうな印象になるので、
「評価者に読んでもらう文章」としても不適切です。
【例文】
A社の課題は、環境問題への対応。
この文章を書いた人は、何を言いたいのでしょうか? 現代社会の情勢を考えれば、
「環境問題への対応である。」と読むべきかもしれません。
しかし、A社の個別の状況によっては、「環境問題への対応ではない。」と読むべきかもしれません。あるいは、書き手の真意は、「環境問題への対応だと言ってよいのかどうか、私にはわからない。」かもしれません。
書き手は、「環境問題への対応である。」のつもりで書いていたとしましょう。
しかし、「環境問題への対応ではない。」と読んだ人がいたとしても、文句は言えません。
広く一般に認知されていることを論じるだけならば、体言止めを使ったとしても、
読み手は高い確率で、書き手の思惑どおりに解釈するでしょう。
しかし論文は、一般の人が納得できていないことや、一般の人が気づいていないことを理解させるためのものです。
ですから、意味が不明瞭な文章を書くべきではありません。
ぶっきらぼうな印象で、意味が不明瞭な文章を、
「体言止めはすべきでないと教育されている評価者」に読ませようとするならば、
低く評価されても仕方がありません。論文の評価者が体言止めの文章を読むと、
「どうとでも読める文章を書いておきながら、書き手の思惑どおりに解釈しろとは、なんて傲慢なんだ!」
という感想を持つのです。
試験での例外は、設問で「挙げよ。」と問うている場合のみです。
この場合は、出題者が想定している統一見解のもとに、要素だけを列挙すればよいので、
体言止めであっても文意を把握しやすいため、許容されます。
何となく文章を書いていた方は、読み手の立場になって書いてみましょう。
http://www.tbcg.co.jp/cgi-bin/message/ok.cgi?action=showlast&cat=33&txtnumber=log
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これは メッセージ 2416 (emsle0987 さん)への返信です.
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