軍国日本の引き金を引いた鳩山一郎
投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2009/08/10 08:53 投稿番号: [6 / 18]
鳩山一郎
戦前は立憲政友会の議員として活躍(ただし、一時期政友本党に参加していた時期がある)し、1930年、第58帝国議会のロンドン海軍軍縮条約の批准をめぐる論議では軍縮問題を内閣が云々することは天皇の統帥権の干犯に当たるとして濱口内閣を攻撃、濱口首相狙撃事件の遠因となった(なお、狙撃事件後傷の癒えぬ濱口に執拗な登院要求を行った。濱口は登院の5ヶ月後に死去している)。統帥権干犯論は議会の軍に対するコントロールを弱めるものであった為、これを根拠として軍部が政府決定や方針を無視して暴走し始め、以後、政府はそれを止める手段を失うことになって行く。鳩山は対立する立憲民政党政府を苦しめることを企図したようだが、議員としては政争に明け暮れて大局を見失っていたことになる。また、この時期の政友会は田中義一・鈴木喜三郎の下でリベラル派が屈服させられて右派・親軍派が主導的になっていったとする見解もあり、この説を採用するならば、義兄・鈴木の入党を田中に仲介したとされている鳩山が結果的にはこうした動きに加担してしまった事になる。この事は戦後になりGHQから「軍部の台頭に協力した軍国主義者」として追及され、公職追放の一因となった。
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大局が見えず、理想論におぼれ、結局はながされて、責任も取れず、ごまかす。
爺さんと同じより悪いかな。
これは メッセージ 5 (katuhiko1411 さん)への返信です.
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