一個一個行きましょう。
投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/08/21 16:08 投稿番号: [9736 / 29399]
福田治夫(1915年10月生まれ)
第16師団歩兵第9連隊
第2大隊
一週間ほどして南京からいくらか離れた南西方向の裕渓口に駐屯しました。聯隊で下がりました。そこは夜でもうっかり寝てることできませんのやで。子どもとか年いったお婆さんまで、抗日排日の教育で手榴弾かくして持って、宿舎に入ってきたのが子どもですやろ、こっちは油断しますわな。寝てる所に放り込まれるのが再々あってね。「子どもにしても年寄りにしても誰でも全部殺してしまえ」と聯隊長の命令がでました。二人とか三人とかの百姓を捕まえてきて、「そこらに兵隊はおるかおらんのか」などの尋問して地形を聞いて、後は殺してしまうんです。クリークの縁に連れ出して、そこに座らせました。将校は、めったに刀で首切りなんてできへんのやから、軍刀持ってるさかいに試し切りをするんです。私ら兵隊は突き殺しました。鉄砲の弾できるだけ使うなと言われてました。
『南京戦-閉ざされた記憶を尋ねて』P173
さて、この証言が事実であるという根拠はまず、どこにあるのか教えていただけますか?日本兵の方の証言だと思うのですが、どこで判断されたのでしょうか?
これは メッセージ 9735 (npzccgkj さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/9736.html