南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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Re1928年 「満蒙即時占領計画」 参謀

投稿者: yominokuni57 投稿日時: 2005/05/18 18:44 投稿番号: [8580 / 29399]
■満州事変

満州における日本の権益はロシアが合法的に持っていた権益を日露戦争の結果日本が合法的に得たものです。
合法的と言っても実は強者の論理であることは事実ですが少なくとも当時の世界の常識・国際法はそれを許したのです。
日本が手を拱いていればいずれは自分がやられる。やられる前にやろうということで闘った日露戦争に知力と体力の限りを尽くして勝って得られた権益です。

一方ナショナリズムに目覚めた中国では第1次世界大戦が終結し、1919年パリ講和会議(ベルサイユ条約)での戦勝国日本への山東省譲渡及び日本の二十一か条要求に反対する北京の大学生約3000人が5月4日行った激しいデモ行進(五・四運動)をきっかけに反日運動が高まり、日本に対するゲリラ活動・反日侮日活動・日本商品ボイコット・国産品推奨を盛んに行うようになった。運動は拡大の一途をたどり、反日運動に留まらず、反軍閥政府・旧中国の文化伝統の批判等と内容はより広範囲になっていった。6月には、大統領の徐世昌は親日派要人を罷免し、ベルサイユ条約の調印を拒否する事になった。
抵抗は約一年にわたって続き、民衆の力を見た孫文は、中華革命党の再編の必要性を感じ、10月、中華革命党を中国国民党に改称した。五・四運動はまた後の労働運動、1921年の中国共産党結成などに大きな影響を与えた。

蒋介石軍、共産軍、張学良などに代表される諸軍閥入り乱れての主導権争いの最中にも反日ゲリラ活動は激しくなった。主として共産党の謀略だった。
孫文の後継者蒋介石は勿論西欧・日本などの列強からの独立を目指すが一方に共産軍・軍閥との争いも抱えることになり、まずは日本との早急講和を行い、中国統一の方に力を入れたかった。もともと蒋介石は親日的であり中国の近代化には日本の協力が必要との認識を持っていた。

他方日本から見れば反日活動に伴う日本人虐殺事件が跡を絶たなかった。
昭和2年「(第1次)南京事件」、3年「済南事件」、6年「中村大尉殺害事件」、「万宝山事件」などが次々と頻発し「暴支膺懲」の世論が沸騰した。

ロシアとの間も絶えず紛争があった。

そういう経緯の中、所謂   柳条湖事件で昭和6年9月18日奉天郊外の柳条湖で満鉄の線路が爆破され、関東軍はこれを中国軍の仕業として直ちに満鉄沿線都市を占領したが、実際は関東軍が自ら爆破したものだった。
そして内閣(第2次若槻内閣)の不拡大方針を無視して日本の権益のない北満州まで侵攻し全満州を占領した。背景は中国の民族運動が高まり紛争が頻発し外交交渉では埒が明かなかったからであるが関東軍の独走は法治国家として全く許せない行為であるのは事実。

柳条湖事件謀略の中心となった石原莞爾らには1923年の関東大震災、1929年の世界大恐慌以来の不景気で日本全体で失業者が巷に溢れ、彼等の出身地である農村もどん底の生活を強いられる状況を満州の新天地をより拡大して打開しようという目論みもあったのは事実だろう。尤も不景気は満州にも影響を与えていたようだが。
またもともと親中派であった石原は辛亥革命には諸手を上げて喜んだが、その後の中国内の軍閥内戦抗争には全く失望し、支那人の政治能力に疑問を持ち、彼らには近代的国家建設は不可能と考えた。
それならば、日本の満蒙占領により、日本の存続と支那の安定をはかり、支那人もそれによって幸福になるはずだと、領有論を主張した。しかし満州事変の推移とともに、石原は満蒙独立論に転じてゆく。

これがやがて昭和7年3月満州国建国、昭和8年3月国際連盟脱退などに繋がった。
昭和8年5月中国   国民政府との間で塘沽停戦協定を結び,満州事変を終わらせた。
蒋介石は中国共産党の掃討を優先させて日本との対決を避け,満州国を黙認した。
そもそも孫文は満州を領土にするつもりは全く無かったし、歴史上満州が漢民族に支配されたことはそれまで一度もなく、日露戦争以前は清朝の役人が満州に入るにはロシアからヴィザを発給して貰ったぐらいなので国民政府側の満州に対するこだわりも少なかったのであろう。

リットン調査団報告も柳条湖事件は正当化できないが日本の権益は守られるべきと報告。満州国の独立は認めがたいが中国の中の自治領として日本人を中心とする外国人顧問団を置けと言ってるくらい。

石原らの謀略も背景に過激な排日活動があったからこそ成立したのだ。

従って満州事変は正当に得た日本の権益をナショナリズムに目覚めた中国側に侵害されたことに対する自衛行為から起きたものである。関東軍の独走という非もあるのは事実だが日本の一方的侵略と非難される謂れは無い。

※下記ホームページより
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~ttakayam/turedure.htm
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