単なる他人の書いたモノをコピーしたにすぎないモノを偉そうにかくなよ!
オレも反省するが、、、ね。(笑)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_1/jog081.html南京ではドイツ人ラーベを委員長とする民間人有志による国際委
員会が、安全地帯を設け、難民区としていた。ラーベは、日本軍に
対して、「貴軍の砲兵隊が安全地帯を砲撃しなかった見事な遣り方
に感謝するため、我々は筆をとっております。」と謝意を表明して
いる[3,p386]。
しかし、清野戦術と便衣兵とで疲弊していた日本軍の一部に、
「若干の暴行・略奪事件があった」と憲兵隊から聞かされた松井は、
必要以外の部隊を城外に出させた。18日、中国軍将兵をもあわせ
祀る慰霊祭を執り行い、「これが日中和平の基調であり、自分の奉
ずる大アジア主義の精神である」と声涙くだる訓示を行った。
日本軍により治安が回復すると、民衆も続々と南京に戻り始め、
屋台も出るなど、市はもとの活況を取り戻していった。12月24
日から、1月6日まで続いた住民登録では、5万人の人口増加が記
録されている。[3,p293]
■6.興亜観音の建立■
上海戦から、南京占領までに、日本軍の戦死は2万1,300、
戦傷病者は5万余であった。松井大将は帰還後、昭和14年に日中
戦没者の血の沁みた土を取り寄せ、これをもって熱海・伊豆山の寓
居に興亜観音を建立した。この事変を転機として、両民族が親和し、
今事変の犠牲者が東洋平和の礎石となる事を願って、朝夕、読経三
昧の生活を送っていた。
昭和21年、東京裁判が開かれ、松井大将はここから引き立てら
れ、聞いたこともない南京での「20万人以上の虐殺」の責任者と
して絞首刑に処せられたのである。その思いはいかばかりであった
ろうか。
彼は事件を知っていながら、防止、停止措置を執らなかった、不作為の作為で責任を取らされたのだよ。
部下の監視監督責任だよ。
部下の兵士の犯罪は上司である者が責任を取る。責任者とはそう言う者をいう。常識である。
JR西日本
幹部諸君、心せよ。
犯罪行為が行われる前、善人だったからといって、許されることではない。
(笑)
彼は南京事件を知り、側近に天皇陛下に迷惑をかけることとなってしまった。と漏らしているがね。責任者らしい言葉じゃないですか。