逃げ回るyominokuni56君
投稿者: tatetayon 投稿日時: 2005/05/09 09:39 投稿番号: [8170 / 29399]
こっちのトピにも張っておくぞ。
さっさと反論したらどうだ?
「靖国問題」
>>>約束を守らず、
>>日本の総理大臣は靖国参拝しませんっていつ約束した?
>これだから、嫌になちゃうのよ。
首相、官房長官、外務大臣は靖国神社参拝は自粛する。との覚え書きが存在するということですよ。(中国駐日大使)
おいおい、単なる伝聞かい。
その覚書とやら、存在するなら、示してみな。どこにあるの? 日本側は誰が署名してるの?
示されてもいないそんなものがアンタの根拠かい?(呆)
あると言ってるんだからあるんだ、ってか? 中国様が言っているんだから、か?
「あるといっているから存在する」
堂々とこんな程度のことを存在する証拠として示すとは。
プッ。(笑)
言ってて恥ずかしくないのか?
子供の言い訳だな。(大笑)
「アヘン戦争」
>>>>>英国ではアヘン戦争は周知の事実だから、
>>>>>その反省の上に、現在の英国があるのです
>>>>>香港も約束通り返還してますよ。
>>>>キミのいう反省とかいうことをしていたのなら、香港租借についての条約に係らず、その時点で、すぐに香港を返還したのではないの?
条約通りに最後まで行動していることから見ても、特別批判されるようなことではない、との認識ではないの?
>>>なにをレベルの低い事、書いてくるのだよ(笑)
租借は契約だろう、、チャウノ?
>>>なにが言いたいのか、ちょっと理解出来ませんな!
>>>少しは勉強してからにしてチョウダイね(笑)
>>とすると、返還は契約上のことだそうだから、反省しているからした、とは係りのないことになるが?
約束どおり返還したことを述べても意味無いことだったんじゃない(笑)
>アヘン戦争後イギリスは国の政策としてアヘンを他国に販売などしておりません。
>国内法においても処罰する旨を規定していますよ。
北朝鮮とは異なるでしょう、違いますか?(笑)
は?
アヘンを売らないようになったことが、アヘン戦争の反省?
なぜ、アヘンが国内においてさえも禁止されていなかったのか理解していないようだな。
ちょうど、アヘン戦争が終わってから、数年後に、相次いで医療現場で近代的な危険の少ない麻酔法の実験に成功し、相対的に危険の高いアヘンは禁止してもよくなったからだぞ。
それにより、国内でもアヘンを禁止すべしという世論も高まり、初めて無視できぬ世論となった。それでも、まだ、その時期には禁止には到らなかったがな。
実験成功以前は危険性は認識されていたものの、貴重な麻酔薬であるが劇薬の部類として認識されていた。頼らざるを得ないことで起こった悲劇なども様々あった。
現在の認識(アヘン=禁止されるべき麻薬)と違い、そのころの認識はアヘン=取り扱いの難しい劇薬、としてイギリス国内でも広く利用されていた。
アヘンからモルヒネが抽出されたことを知っとるか?
ちっとは勉強しろ(笑)
それから、キミは、
「アヘン戦争後に国の政策として」、とは、いかにもアヘン戦争と「関連して」、または「すぐに」、というニュアンスで書いているが、アヘン貿易をイギリスが止めたのは1917年だぞ。おい。
アヘン戦争など全然何も関係ない理由及び時期の話だ。
アヘン戦争が終わったのが1842年。当然、きっかけとなった廃棄したアヘンの代金を清は支払った。
その後も英国はアヘン貿易を大々的に行っており、1905年に中国政府はアヘン常用者の増加を阻止する世界会議を開催したが、英国は会議の議定書に印鑑(サイン)をしながらアヘン事業を阻止せず、逆に中国政府にもアヘン事業に参加させる案を持ち出した。1907年のハーグ万国平和会議の参加国は、英国に前回合意してサインした議定書を遵守するよう促したが、英国は拒否した。1909年、英国による日本へのアヘン密輸出を懸念した日本政府が、1905年時点以上に増加したアヘン輸出の統計資料を会議に提出した。英国政府代表部はその資料に反論して、アヘン取引を公然化することで「ブラック・マーケット」の一掃が可能だと主張した。その際英国代表は、アヘン取引は大英帝国に代わって日本がアヘン取引の独占と完全支配権を確立するだろうと註釈した。
イギリスがアヘン貿易をやめた理由は、18世紀後半中国アヘンの品質向上と価格の低下でイギリスがインドのアヘンも持ち込んでも売れなくなったのも大きな原因であり、
また、1917年とは第一次世界大戦終結の1年前だが、自国兵士のアヘン服用が問題となり、自国でも、大きな問題となったの\xA4
さっさと反論したらどうだ?
「靖国問題」
>>>約束を守らず、
>>日本の総理大臣は靖国参拝しませんっていつ約束した?
>これだから、嫌になちゃうのよ。
首相、官房長官、外務大臣は靖国神社参拝は自粛する。との覚え書きが存在するということですよ。(中国駐日大使)
おいおい、単なる伝聞かい。
その覚書とやら、存在するなら、示してみな。どこにあるの? 日本側は誰が署名してるの?
示されてもいないそんなものがアンタの根拠かい?(呆)
あると言ってるんだからあるんだ、ってか? 中国様が言っているんだから、か?
「あるといっているから存在する」
堂々とこんな程度のことを存在する証拠として示すとは。
プッ。(笑)
言ってて恥ずかしくないのか?
子供の言い訳だな。(大笑)
「アヘン戦争」
>>>>>英国ではアヘン戦争は周知の事実だから、
>>>>>その反省の上に、現在の英国があるのです
>>>>>香港も約束通り返還してますよ。
>>>>キミのいう反省とかいうことをしていたのなら、香港租借についての条約に係らず、その時点で、すぐに香港を返還したのではないの?
条約通りに最後まで行動していることから見ても、特別批判されるようなことではない、との認識ではないの?
>>>なにをレベルの低い事、書いてくるのだよ(笑)
租借は契約だろう、、チャウノ?
>>>なにが言いたいのか、ちょっと理解出来ませんな!
>>>少しは勉強してからにしてチョウダイね(笑)
>>とすると、返還は契約上のことだそうだから、反省しているからした、とは係りのないことになるが?
約束どおり返還したことを述べても意味無いことだったんじゃない(笑)
>アヘン戦争後イギリスは国の政策としてアヘンを他国に販売などしておりません。
>国内法においても処罰する旨を規定していますよ。
北朝鮮とは異なるでしょう、違いますか?(笑)
は?
アヘンを売らないようになったことが、アヘン戦争の反省?
なぜ、アヘンが国内においてさえも禁止されていなかったのか理解していないようだな。
ちょうど、アヘン戦争が終わってから、数年後に、相次いで医療現場で近代的な危険の少ない麻酔法の実験に成功し、相対的に危険の高いアヘンは禁止してもよくなったからだぞ。
それにより、国内でもアヘンを禁止すべしという世論も高まり、初めて無視できぬ世論となった。それでも、まだ、その時期には禁止には到らなかったがな。
実験成功以前は危険性は認識されていたものの、貴重な麻酔薬であるが劇薬の部類として認識されていた。頼らざるを得ないことで起こった悲劇なども様々あった。
現在の認識(アヘン=禁止されるべき麻薬)と違い、そのころの認識はアヘン=取り扱いの難しい劇薬、としてイギリス国内でも広く利用されていた。
アヘンからモルヒネが抽出されたことを知っとるか?
ちっとは勉強しろ(笑)
それから、キミは、
「アヘン戦争後に国の政策として」、とは、いかにもアヘン戦争と「関連して」、または「すぐに」、というニュアンスで書いているが、アヘン貿易をイギリスが止めたのは1917年だぞ。おい。
アヘン戦争など全然何も関係ない理由及び時期の話だ。
アヘン戦争が終わったのが1842年。当然、きっかけとなった廃棄したアヘンの代金を清は支払った。
その後も英国はアヘン貿易を大々的に行っており、1905年に中国政府はアヘン常用者の増加を阻止する世界会議を開催したが、英国は会議の議定書に印鑑(サイン)をしながらアヘン事業を阻止せず、逆に中国政府にもアヘン事業に参加させる案を持ち出した。1907年のハーグ万国平和会議の参加国は、英国に前回合意してサインした議定書を遵守するよう促したが、英国は拒否した。1909年、英国による日本へのアヘン密輸出を懸念した日本政府が、1905年時点以上に増加したアヘン輸出の統計資料を会議に提出した。英国政府代表部はその資料に反論して、アヘン取引を公然化することで「ブラック・マーケット」の一掃が可能だと主張した。その際英国代表は、アヘン取引は大英帝国に代わって日本がアヘン取引の独占と完全支配権を確立するだろうと註釈した。
イギリスがアヘン貿易をやめた理由は、18世紀後半中国アヘンの品質向上と価格の低下でイギリスがインドのアヘンも持ち込んでも売れなくなったのも大きな原因であり、
また、1917年とは第一次世界大戦終結の1年前だが、自国兵士のアヘン服用が問題となり、自国でも、大きな問題となったの\xA4
これは メッセージ 8105 (tatetayon さん)への返信です.