大虐殺の定義(無駄に長いです。)
投稿者: ar1472002 投稿日時: 2005/04/12 18:09 投稿番号: [7578 / 29399]
戦争が政治の延長線上にある国際法上認められた国力の行使だとすれば、たとえ侵略であっても、なくても戦争そのものは蛮行と一方的に断罪できないでしょう。なぜなら当時のアジア各国に対する欧米の領土的野心や日本のおかれた状況や残された選択肢、また当時の国内外の空気などに少し想像を巡らせてみると中国での戦闘は今となっては残念ですが、数少ない選択肢の一つであったと理解出来るのではないでしょうか?ただし、私もそれが正しかったとはまったく思っておりません。前置きが長くなりましたが、大虐殺とは武装していない一般市民や、戦闘意欲のない軍人を無差別に大量に殺すことだと考えます。おそらく日本の軍隊が南京入城した際に一般市民に対してひどいこともしたんだろうと思います。しかし何人くらい殺せば『大虐殺』と表現するのか不明です。また当時の南京では日本軍が入城する前にかなりの数の市民や中国の軍隊が避難したため、無血入城となり20万足らずの人口だったと推定されています。更に開戦当時から日本の軍隊は武器・弾薬不足だったとも聞いておりますし、盧溝橋事件から1年程度の勝ち戦続きで軍律もしっかりしていた頃に無抵抗の一般市民を殺すために数十万発の銃弾を使うでしょうか?聞くところによると人間は頭を打ち抜かれない限りなかなか一発では死なないものらしいです。30万人説に従うと100万発以上の弾薬を使用したことになると思われます。これだけの弾薬を使用するとなると当然、目的と方法を明確にして現地の司令部に認可を得る必要があるはずです。このことが事実であれば、何らかの記録が残っている可能性も高いはずです。したがって虐殺と言われても仕方のない行為はあったとしても、規模としてドイツがユダヤ人に行ったホトコーストと並列に扱うにはかなり無理があるのではないかと推察いたします。もし、数十人でも数百人でも「虐殺は虐殺だ!」という説にはうなずくしかありません。しかし戦争の一局面としてはどの国でも有り得る事実にしか過ぎないと思います。
これは メッセージ 7558 (yominokuni56 さん)への返信です.
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