インドネシアの【イアンフー】
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2005/03/15 23:34 投稿番号: [7375 / 29399]
【浅野健一】ゼミHPから・・・
★インドネシアの「イアンフ」と藤岡教授
私は八九年から九二年まで共同通信ジャカルタ支局長を務めていたが、藤岡信勝東京大学教授はインドネシアについて、とんでもない嘘を書いた。
《〈やはり火をつけたのは日本人だった!「アジアの慰安婦」問題の虚構をインドネシア現地調査ほかからあぶり出す〉。
小学館発行の「SAPIO」九六年一二月一一日号誌上に掲載された藤岡信勝東京大学教授の「論文」の題である。
藤岡「論文」を読んだ二年生の学生たちが、「先生、インドネシアの慰安婦は嘘だったのですか」と聞いてきたので、一読した。
内容の出鱈目さに呆れてしまった。調査が杜撰で間違いと思い込みがあちこちにある。学生たちは東大教授がこんな嘘を書くとは思わないので、内容を信じてしまうのだ。
藤岡氏の「現地調査」をアレンジして取材に同行したのは、産経新聞記者と元日本軍衛生兵N(東京でインドネシア料理のレストランを経営)らの右翼人脈だという。
藤岡教授の記述の誤りについては、『オウム「破防法」とマスメディア』(第三書館)のあとがきで書いた。
藤岡教授は、《それ(九三年)以前に政府でも民間レベルでも旧日本軍の慰安婦問題なるものをインドネシア側から持ち出したことは、ただの一度もないのである》と述べているが、
私が共同通信ジャカルタ支局長だった八九年から九二年にも慰安婦問題はあった。
【「イアンフー」というインドネシア語になっていた。】
【ノーベル文学賞候補に数回指名されたプラムディア・アナンタ・トウール氏は自分が投獄されていたブル島にいた元慰安婦のことを書いている。作家モフタル・ルビス氏もイアンフーのことを書いている。 】
藤岡氏は日本軍の支配下でその後の独立に必要な政策が実行され、独立戦争自体に日本兵二000人が残留してインドネシア人とともに銃をとって戦い、そのうち一000人が命を捨てたという関係にある国だから、
「日本軍政に苛酷な部分があったとしても、インドネシア人の旧日本軍に対する親愛の感情は深く社会の中に根付いている。これは、日本の学校で全く教えられていない事実である」と書いている。
多くの日本兵は日本軍から脱走して、「非国民」になって独立戦争に参加した。
決して日本軍または国家の方針として参加したのではない。
私は今も健在な残留日本兵の方々に連続インタビューしたことがあるが、多くの人が「独立を助けるためとかいうような格好いいことではなく、生きるために残った」「日本に帰っても焼け野原で生きるのが難しいと思った」などと話していた。
【日本の公教育で教えられていないのは、日本軍のインドネシアへの侵略の事実である。】
これが「自由主義史観」の実態である。
新しい教科書をなどと言うが、結局は右翼反動の歴史観とどこも違わない。
国粋主義、全体主義、大東亜共栄圏史観そのものである。
藤岡教授のインドネシアについての知識は、戦後のインドネシアに巣くった右翼や日本大使館の宣伝の受け売りである(4)。
今から約二0年前、私が千葉支局で記者をしていた時、千葉県教育委員会の教育次長だった文部官僚が、こんなことを言っていた。
〈教科書検定が問題になり、「自民党などから歴史の教科書は左翼の学者に書かせている」と批判されたが、
【右翼の学者に書かせると基本的な誤りがあまりに多く、検定作業がもっと大変だ〉】。
藤岡教授らがつくった教科書は危なくて使えない。
・・・・・
一一月二七日の朝日新聞の「時時刻刻」にこんな記事があった。
《首脳会談に先立って迎賓館であった江主席との日中関係者との懇談会では、こんな場面もあった。
/「歴史認識が大切なのは分かるし、反省すべき点は反省すべきだが、両国間のすべての国民が同じ認識を持つのは不可能だ。違いは違いとして認めながら、互いの友好を考えていくことが大切だ」。
安倍晋三代議士がそう切り込むと、
主席は「同じ歴史認識を持つことは難しいかもしれない。しかし、正確な歴史認識を持つことは大切だ」。》
至言だと思う。
http://www1.doshisha.ac.jp/~kasano/NOTE/note981128.html
★インドネシアの「イアンフ」と藤岡教授
私は八九年から九二年まで共同通信ジャカルタ支局長を務めていたが、藤岡信勝東京大学教授はインドネシアについて、とんでもない嘘を書いた。
《〈やはり火をつけたのは日本人だった!「アジアの慰安婦」問題の虚構をインドネシア現地調査ほかからあぶり出す〉。
小学館発行の「SAPIO」九六年一二月一一日号誌上に掲載された藤岡信勝東京大学教授の「論文」の題である。
藤岡「論文」を読んだ二年生の学生たちが、「先生、インドネシアの慰安婦は嘘だったのですか」と聞いてきたので、一読した。
内容の出鱈目さに呆れてしまった。調査が杜撰で間違いと思い込みがあちこちにある。学生たちは東大教授がこんな嘘を書くとは思わないので、内容を信じてしまうのだ。
藤岡氏の「現地調査」をアレンジして取材に同行したのは、産経新聞記者と元日本軍衛生兵N(東京でインドネシア料理のレストランを経営)らの右翼人脈だという。
藤岡教授の記述の誤りについては、『オウム「破防法」とマスメディア』(第三書館)のあとがきで書いた。
藤岡教授は、《それ(九三年)以前に政府でも民間レベルでも旧日本軍の慰安婦問題なるものをインドネシア側から持ち出したことは、ただの一度もないのである》と述べているが、
私が共同通信ジャカルタ支局長だった八九年から九二年にも慰安婦問題はあった。
【「イアンフー」というインドネシア語になっていた。】
【ノーベル文学賞候補に数回指名されたプラムディア・アナンタ・トウール氏は自分が投獄されていたブル島にいた元慰安婦のことを書いている。作家モフタル・ルビス氏もイアンフーのことを書いている。 】
藤岡氏は日本軍の支配下でその後の独立に必要な政策が実行され、独立戦争自体に日本兵二000人が残留してインドネシア人とともに銃をとって戦い、そのうち一000人が命を捨てたという関係にある国だから、
「日本軍政に苛酷な部分があったとしても、インドネシア人の旧日本軍に対する親愛の感情は深く社会の中に根付いている。これは、日本の学校で全く教えられていない事実である」と書いている。
多くの日本兵は日本軍から脱走して、「非国民」になって独立戦争に参加した。
決して日本軍または国家の方針として参加したのではない。
私は今も健在な残留日本兵の方々に連続インタビューしたことがあるが、多くの人が「独立を助けるためとかいうような格好いいことではなく、生きるために残った」「日本に帰っても焼け野原で生きるのが難しいと思った」などと話していた。
【日本の公教育で教えられていないのは、日本軍のインドネシアへの侵略の事実である。】
これが「自由主義史観」の実態である。
新しい教科書をなどと言うが、結局は右翼反動の歴史観とどこも違わない。
国粋主義、全体主義、大東亜共栄圏史観そのものである。
藤岡教授のインドネシアについての知識は、戦後のインドネシアに巣くった右翼や日本大使館の宣伝の受け売りである(4)。
今から約二0年前、私が千葉支局で記者をしていた時、千葉県教育委員会の教育次長だった文部官僚が、こんなことを言っていた。
〈教科書検定が問題になり、「自民党などから歴史の教科書は左翼の学者に書かせている」と批判されたが、
【右翼の学者に書かせると基本的な誤りがあまりに多く、検定作業がもっと大変だ〉】。
藤岡教授らがつくった教科書は危なくて使えない。
・・・・・
一一月二七日の朝日新聞の「時時刻刻」にこんな記事があった。
《首脳会談に先立って迎賓館であった江主席との日中関係者との懇談会では、こんな場面もあった。
/「歴史認識が大切なのは分かるし、反省すべき点は反省すべきだが、両国間のすべての国民が同じ認識を持つのは不可能だ。違いは違いとして認めながら、互いの友好を考えていくことが大切だ」。
安倍晋三代議士がそう切り込むと、
主席は「同じ歴史認識を持つことは難しいかもしれない。しかし、正確な歴史認識を持つことは大切だ」。》
至言だと思う。
http://www1.doshisha.ac.jp/~kasano/NOTE/note981128.html
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.