南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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根拠なしの黄泉

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2005/02/11 10:20 投稿番号: [7215 / 29399]
>100万人の餓死者については、大まかに書くと、米作の盛んなこの土地で、略奪物資を詰め込む麻袋や、飛行機の潤滑油を絞り出す、麻、ヒマへの転作栽培を
日本軍政府が強制したために、食糧不足となり、この豊かな産米地でが死者が続出したということだ、、まったく、計画性も人間性も無かったようですよ。


これは以前にも論破しただろう。
フランスの植民地なのに日本軍が軍政を施行できる訳が無い。
軍政も施行できないのに強制栽培などできまへん。
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  ビルマの日本軍が後退を続け、マンダレ−が危機に陥っている頃、仏印(ベトナム、カンボジア、ラオス)では仏印軍の武装解除が行われていた。日本の仏印進駐は昭和十五年に北部進駐、十六年に南部進駐が行われ、南部仏印進駐は日本の明白な南方侵略企図と受け取られ、米国の対日石油禁輸を招き太平洋戦争の直接の導火線となったものである。これらの進駐はいずれもドイツがフランスを屈伏させ、フランスに対独協力政権(ヴィシ−政権)が成立したため、このヴィシ−政権と交渉してなされたものであった。しかし、その後三年以上の年月が流れ、連合軍はフランスを回復、ヴィシ−政権は実質的に崩壊、ドイツに亡命していた。フランスの実権はド・ゴ−ル政権が握るところとなったが、こうなると仏印に存在している八万のフランス軍の向背も怪しいものとなって来るのは当然である。ただでさえ、比島・ビルマ・硫黄島で連合軍の強い反攻にあって苦しい時に、日本側占領地である仏印でこの八万フランス軍に根返られた場合、日本側の打撃の大きさははかり知れないものがある。このフランス軍の武装解除を企図して考案されたのが明号作戦である。作戦はまず日本大使がフランス総督に仏印軍及び武装警察隊を日本側の指揮下に入れ、かつ仏印の全機能を挙げて「全面的」かつ「忠実に」に日本側に協力すべきことを要求する。そして、短時間の回答期限までに全面受諾の回答なき場合には、日本軍は直ちに仏印軍の武装解除を開始、抵抗する場合には容赦なくこれを撃滅するというものであった。
  昭和二十年三月九日午後六時、松本俊一大使はドク−総督に要求を突きつけ、四時間後の午後十時までに回答すべきことを申し渡す。午後十時になっても回答がないため、四万の日本軍(土橋勇逸中将率いる第三十八軍)が八万の仏印軍を次々と武装解除していくのである。仏印軍は士気も高くなく訓練も不十分であり、日本側仏印軍の武装解除は意外なほど順調に進んだ。中国国境に近いランソン要塞やドンダン要塞では小規模な戦闘が行われたが、いずれも三月十三日までには終息し仏印軍は日本軍に降服した。「身中の虫」ともいうべき仏印軍を解体し、病原を除去し得たという点では成功した作戦である。
http://home10.highway.ne.jp/taiasa/3.biruma.htm
(戦時中の朝日新聞記事)
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