朝日新聞と本多勝一と中華人民共和国
投稿者: consta233 投稿日時: 2004/10/24 03:49 投稿番号: [6685 / 29399]
http://www.history.gr.jp/nanking/index.html
本多の「中国の旅」(1970年)の取材対象は 二日間で四人!のみ
(引用)
『中国の旅』は一方的聞き書き
評論家 片岡正巳
(前略)
朝日新聞と中国との関係が、そのような状況にあったとき、本多勝一記者の『中国の旅』が登場する。
前述した中国と朝日新聞とのそれまでの関係をみていくと、結果として、この『中国の旅』は、朝日新聞が中国との関係をさらに強化することに寄与したのではあるまいか。
『中国の旅』で本多勝一記者は「アヒルがたくさん浮いているかのように、長江の水面をたくさんの死体が流れていた光景が、今でもはっきりとまぶたに浮かびます。どこへ行っても空気は死臭で充満していました」という証言や、日本人将校による百人切りなど、日本軍の惨殺の様子を10回にわたって連載している。
ところが南京における取材対象は本多氏も書くように「二日間に四人」しかいない。
一見相当数の人間から証言を集めたように見えるのだが、この4人が他の人から聞いた話や、体験談を語っているに過ぎない。
しかも、同行した通訳は遼寧省革命委員会外事係。
中国側が用意したたった4人の取材相手に、通訳も中国側が用意した役人なのである。
これだけでも、この取材の中身について?が付きそうだが、問題はそれだけではない。
本多勝一記者の『中国の旅』の取材内容について、朝日新聞社社史には、「・・・百人以上の生き残りの人びとから事件当時のなまなましい状況を聞きとった・・・」という記述がある。
つまり、あくまでも聞き取りでしかないのだ。
いうならば、中国側から提供された“証人”のいうことをそのまま聞いて記事にしたということになる。
ルポの中にある、「今の私たちがあるのも、全く毛主席と党のおかげ・・・」とか、「毛主席の恩は天と地よりも大きく・・・」などといった“証言”もそれらの人々の言うままを記した結果なのだろう。
さらに、その内容が正しいのかどうかの裏取りはしていない。
本多氏は、その内容に関しての検証をしていないのだ。
人の話を報道する場合、それが、いつ、どこで、どういう状況でという具合に、資料と付き合わせて、ここでこういう事件があって、この話しの信憑性の高さはどうかということを検証するのは当然のことだ。
それをせず、ただ、相手の言っていることだけを載せてしまうという姿勢は、それは報道と言えるのだろうか。
では、なぜそういうことになったか。
それは本多氏が、取材当初から“日本軍がいかに中国でひどいことをしたか”というモチーフを持っていたからにほかならない。
最初から、そういう目的の取材をしにいっているのだ。
だから、南京事件の実態はどうだったのかとか、旧日本軍は中国で非人道的なことをやったといわれるが、実際はどうだったのかとか、旧日本軍は中国で非人道的なことをやったといわれるが、実際はどうだったのかといった、報道者として当然掘り下げるべき作業をしていない。
最初から、いかに中国で日本は非人道的なことをやったかということを書く目的で行き、そこに、それに即した材料をはめ込んだとしか思えないのだ。
しかも、そのことを評論家の田辺敏雄氏に指摘されると、本多氏は、
「私は中国の言うのをそのまま代弁しただけですから、抗議をするのであれば、中国側に直接やっていただけませんでしょうか」(片岡正巳・田辺敏雄・板倉由明共著『間違いだらけの新聞報道』より)と回答した。
このことは、本多氏は書いたものについて、何ら、責任感を持っていないことを露呈している。
しかし、いくら取材方法に問題があろうと、一方的な記事であろうと、この記事がもたらした影響は甚大であった。
(後略)
(小学館『SAPIO』98年12月23日掲載)
本多の「中国の旅」(1970年)の取材対象は 二日間で四人!のみ
(引用)
『中国の旅』は一方的聞き書き
評論家 片岡正巳
(前略)
朝日新聞と中国との関係が、そのような状況にあったとき、本多勝一記者の『中国の旅』が登場する。
前述した中国と朝日新聞とのそれまでの関係をみていくと、結果として、この『中国の旅』は、朝日新聞が中国との関係をさらに強化することに寄与したのではあるまいか。
『中国の旅』で本多勝一記者は「アヒルがたくさん浮いているかのように、長江の水面をたくさんの死体が流れていた光景が、今でもはっきりとまぶたに浮かびます。どこへ行っても空気は死臭で充満していました」という証言や、日本人将校による百人切りなど、日本軍の惨殺の様子を10回にわたって連載している。
ところが南京における取材対象は本多氏も書くように「二日間に四人」しかいない。
一見相当数の人間から証言を集めたように見えるのだが、この4人が他の人から聞いた話や、体験談を語っているに過ぎない。
しかも、同行した通訳は遼寧省革命委員会外事係。
中国側が用意したたった4人の取材相手に、通訳も中国側が用意した役人なのである。
これだけでも、この取材の中身について?が付きそうだが、問題はそれだけではない。
本多勝一記者の『中国の旅』の取材内容について、朝日新聞社社史には、「・・・百人以上の生き残りの人びとから事件当時のなまなましい状況を聞きとった・・・」という記述がある。
つまり、あくまでも聞き取りでしかないのだ。
いうならば、中国側から提供された“証人”のいうことをそのまま聞いて記事にしたということになる。
ルポの中にある、「今の私たちがあるのも、全く毛主席と党のおかげ・・・」とか、「毛主席の恩は天と地よりも大きく・・・」などといった“証言”もそれらの人々の言うままを記した結果なのだろう。
さらに、その内容が正しいのかどうかの裏取りはしていない。
本多氏は、その内容に関しての検証をしていないのだ。
人の話を報道する場合、それが、いつ、どこで、どういう状況でという具合に、資料と付き合わせて、ここでこういう事件があって、この話しの信憑性の高さはどうかということを検証するのは当然のことだ。
それをせず、ただ、相手の言っていることだけを載せてしまうという姿勢は、それは報道と言えるのだろうか。
では、なぜそういうことになったか。
それは本多氏が、取材当初から“日本軍がいかに中国でひどいことをしたか”というモチーフを持っていたからにほかならない。
最初から、そういう目的の取材をしにいっているのだ。
だから、南京事件の実態はどうだったのかとか、旧日本軍は中国で非人道的なことをやったといわれるが、実際はどうだったのかとか、旧日本軍は中国で非人道的なことをやったといわれるが、実際はどうだったのかといった、報道者として当然掘り下げるべき作業をしていない。
最初から、いかに中国で日本は非人道的なことをやったかということを書く目的で行き、そこに、それに即した材料をはめ込んだとしか思えないのだ。
しかも、そのことを評論家の田辺敏雄氏に指摘されると、本多氏は、
「私は中国の言うのをそのまま代弁しただけですから、抗議をするのであれば、中国側に直接やっていただけませんでしょうか」(片岡正巳・田辺敏雄・板倉由明共著『間違いだらけの新聞報道』より)と回答した。
このことは、本多氏は書いたものについて、何ら、責任感を持っていないことを露呈している。
しかし、いくら取材方法に問題があろうと、一方的な記事であろうと、この記事がもたらした影響は甚大であった。
(後略)
(小学館『SAPIO』98年12月23日掲載)
これは メッセージ 6662 (asahinaruto さん)への返信です.