南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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南京事件に至るまで〜32(城攻防戦)

投稿者: kinngyoya301 投稿日時: 2004/10/11 06:22 投稿番号: [6440 / 29399]
南京事件に至るまで〜32(南京城攻防戦))
12月8日、日本軍は南京城を覆うように布陣された烏龍山ー幕府山ー紫金山ー雨花台の複廊陣地に迫り、南京城の攻囲を完成した。

翌9日の夕方には「日本軍は抵抗者に対しては極めて峻烈にして寛恕せざるも、無辜の民衆および敵意なき中国軍に対しては寛大をもってし、これを犯さず」という大日本陸軍総司令官   松井石根名の南京防衛軍にたいする「投降勧告文」(日本語/中国語)を日本軍機から城内8カ所に投下した。

翌10日   中支那方面軍参謀副長   武藤章大佐と同参謀の中山寧人少佐は、通訳官をともなって中山門ー句容街道において午後一時まで投降勧告の「回答」を待っていたが、中国側の軍使は来なかった。(南京戦史編集)

投降勧告を拒否した南京防衛軍の司令官唐生智はこの日の午後七時、「本軍は複廊陣地において、南京固守最後の戦闘に突入した。

各部隊は陣地と存亡をともにする決心で死守せよ」と下命し、指令なく寸地でも陣地を放棄、撤退したものは軍法にもとづいて厳罰に処すと伝えた。

また、保有している船舶は全て一律に運輸司令部が接収、管理するように命じ、勝手に拘留しておくことを禁じた。

宗希簾の第36師に命じて長江沿岸を厳重に警備させ、指令長官部の許可がなければいかなる部隊の渡江も厳禁とした。
また、憲兵、警察に対しては「隊伍を離脱した兵隊が制止をきかないで渡江しようとした場合には武力で阻止せよ」と命じた。


「南京城と生死を共にする」と言い切った唐生智の覚悟のほどをしめした厳命であった、渡江の手段を断って、「背水の陣」を敷こうとしたのであるがこの「死守作戦」が大きな悲劇を生むこととなってしまう。

松井方面軍司令官は午後1時蘇州方面軍司令部において

「上海派遣軍ならびに第10軍は南京城の攻略を続行し城内を掃蕩すべし」(中方作戦命第34号)と南京城総攻撃を下命した。

陸軍の総攻撃に伴って海軍の航空隊の爆撃も激しさを加えた。

このようにして、10日から12日にかけて、昼夜を分かたず壮絶な南京城攻防戦が展開されることとなった。」

南京事件に至るまで〜33(南京城陥落))
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