南京記事と文化大革命
投稿者: htfgs719 投稿日時: 2004/08/31 22:50 投稿番号: [5972 / 29399]
南京事件について疑問になることがいくつかあります。
その中の一つに論争のきっかけとなった「中国の旅」掲載時期があります。
「中国の旅」が朝日新聞にレポ記事として掲載された昭和46年の中共は
毛沢東・林彪による主導体制が確立し、あの中共全体がヒステリーとなった文化大革命が収束に向かう頃でした。
その文化大革命が収束した後に残るものはと言えば
10年に及ぶ集団ヒステリーによって引き起こされた数千万人にも及ぶと言われる同胞の大量殺戮です。
参考資料
1
「文化大革命礼讃」
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~asakyu/no1.html
参考資料
2
アラキラボ 【どこへ行く、世界】
http://www.araki-labo.jp/wecono13.htm
参考資料
3
「紅衛兵と瓜二つ―― "革命 "の名で殺人を合理化 」
http://maoist.netfirms.com/jcp/jcr004.htm
革命は林・毛と4人組によって扇動されてきた中国革命です。
これがクライマックスに達した昭和42年には、
中ソ関係が異常な緊張を見せて、国交断絶寸前までいっていたのです。
そのため毛沢東は、同年9月に、「大連合」を唱えて、文革の収拾をはかろうとしました。
しかし、もはや毛沢東には止められなくなっていました。
しかし、それを止めることができたのは林彪だったのです。
毛沢東は林彪と手を組み林・毛体制を確立しました。
そのことは文化大革命の収束が近いことをも示していたのです。
そして、文化大革命の後に残された大量殺戮、破壊、様々な犯罪が革命指導者に跳ね返ってきます。
これを恐れ、先に手を打つことにより、様々な不都合事実から国民の目をそらすために、文化大革命の完全収束前に対策を立てる必要があったのです。
その対象がそれまで大して問題にならなかった日中戦争をあえて持ち出したと考えられます。
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.
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