南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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質問ですが...②

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2004/08/30 20:31 投稿番号: [5965 / 29399]
「草鞋峡」という地名がどの辺なのか南京の実際の地理に詳しくないのでなんとも言えませんが。
(2)、(4)は実際に戦闘のあった地域ですから、戦死者と区別はどうしたのでしょう。
(5)霊谷寺はこの碑文「『漢奸』高冠吾」とありますが、この「高冠吾」なる人物が建てたのでしょうか?
「漢奸」=「売国奴」よりえげつない表現です。
*当時の対日協力者でしょうか。
ご存知でしたら教えていただけますか?

と、まぁ、「崇善堂及紅卍字会の手により埋葬」以外は「戦死体なのか、巻き添えを食った市民の遺体なのか。一体何時から何時までの『無主孤魂』なのか」
はっきりしません。

その「崇善堂及紅卍字会」両団体も...
両者とも、埋葬場所、月日、男女の別、死体発見場所等詳細な一覧表が付されていますが。

「崇善堂」
・最初の1月〜4月までの間は埋葬数1日平均130体。
その後急に1日平均2600体。連続10日間記録。
過去4ヶ月の埋葬記録数より10日間の記録数のほうが多い。何故か?
・雨花台、水西門、中山門等は当時日本軍により清掃された地域。
戦後5ヶ月を経過したのちに、このような多くの死体が存在するのか?(約2万6000体)
・紅卍字会の数字の中には、女・子供は皆無に近い。
崇善堂の数字の中には、男子/女子/子供を適当な減少率で死体数を記入。
この違いは何故か?
・崇善堂は「民国24年度(昭和10年)南京市政府行政統計報告」によれば、その活動種別は...
「施材(主として衣料給与)、恤救(寡婦の救済)、保嬰(保育)等」が主事業。
掩埋(葬儀・埋葬)はやっていないが南京当時は「特別」なのか?
・「中華民国27年度南京市概況」(督弁南京市政公署秘書処編・中華民国28年3月出版)によれば、
崇善堂の項目には「工作進行範囲狭小」(活動は続いているが、規模は小さい)と特に注記。
11万余もの遺体埋葬を実行できる組織体力が南京事件時点のみ「あった」のか?
・南京日本商工会議所編の「南京」の中にある「南京市政公署振務委員会の収支表(民国27年〈昭和13年〉5月より12月編)」では、南京市の決算報告書の一部で、行政院が15万元を財源に慈善団体へ補助金を支出しており、その一覧表が記載。
紅卍字会と普善会が一番多く、各月千元、崇善堂等7団体には各月2百元宛を支給。

また「南京」には「民間各種慈善団体は事変の為資金難に陥り、一時停頓したが、振務委員会の補助を受け、漸次復旧し・・・」というくだりあり。
崇善堂が本格的な活動を再開したのは事件後8ヶ月後もたった「昭和13年9月から」と記録。
「空白の4ヶ月」は何処に?(この間に「埋葬した」と記録されている)

上記の状態で果たしてどうやって埋葬したのか、疑問に思うのですが...
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